クリスティ読破39『黄色いアイリス』小林賢太郎演劇作品『ノケモノノケモノ』(2014)

2022年11月28日

クリスティ読破40『杉の柩』

はい、こんにちは。          雪華ホーム


20221128近所の山茶花


1940年、アガサ40作目の刊行は『杉の柩』。50歳。

前付けに、献辞の頁の次にシェークスピア『十二夜』からの詩が引用されています。
私の手元にある文庫本は恩地美保子訳版の古いもので、
その詩の訳者が、なんと坪内逍遥とは。
もはや現代日本語ではないのでしょうが、音的には気持ちがいい響きがございますの。

来をれ、最後よ、来おるなら、来おれ
杉の柩に埋めてくりやれ
絶えよ、此息、絶えるなら、絶えろ
むごいあの児に殺されまする
縫うてたもれよ白かたびらを、
縫い目縫い目に水松を挿して
又とあるまい此思い死
 
思い死する、片思いが辛すぎて死んじゃうほどだと、悲痛に歌っています。
『十二夜』はジェンダー入り乱れての、喜劇ですし、
大団円を迎えるハッピーエンドなお芝居ですがね。
それを冒頭に持ってくることで、タイトルの意味と小説の展開を暗示しています。

今作は、冒頭から法廷シーンですし、解決も法廷でなされ、
ポアロさんは出てきますが異色の様相です。
短編で法廷シーンを巧みに使った『検察側の証人』(1954年戯曲として長編化している)に
手ごたえを感じたのかもしれません。
1933年『ビロードの爪』でペリー・メイスンが活躍する法廷ものが登場後、
映画などでも流行り始めるのは、1940年以降でしょう。
『杉の柩』は本格的な法廷ものに入れていいと思います。
しかも舞台を見ているかのような臨場感と緊張感があります。

恋愛小説としても、優れていると言っていいでしょう。
ヒロイン、エリノアの生き方や矜持が深く丁寧に描かれています。女性の心理描写には、
特に定評がありますものね。
それにしても、たぶん忘れられないキャラクターの一人になるはずです。

ネタバレしますが、ストーリーは、こうです。
エリノアとロディは幼馴染で、当然のように婚約します。叔母のウェルマンは資産家で、
二人が相続すると思っていました。そこに、美しいメアリイが現れ、ロディは夢中になって
しまい、破談に。叔母はあっけなく亡くなり、遺書を残さなかったがために、莫大な遺産は、
直系のエノリア一人に相続されます。その後、メアリイは、毒殺されます。
その状況は、どう見ても、エリノアが犯人であることを指していて直ぐに逮捕され、裁判に
かけられます。登場人物は珍しく少ない、看護師二名と家政婦頭、弁護士、
エリノアを救いたい医師は、そばかすだらけで、目立たない存在のロード。
エリノアの心理などに振り回されないでいれば、
真犯人を見つけることはできるのかもしれません。

ロディが不甲斐ない男の代表みたいな役どころですが、これなんか、アガサの元夫のようでしょう?
ハンサムではあるけれども、ヘタレ男に若い女性はいつの時代も惚れ込んでしまう。
あんな、聡明な女性がねえ、と思うような人であっても例外ではないようです。
そして、冒頭の片思いの歌がエリノアの心情と重なるのでございます。
ですが、彼女はそんな嫉妬心や恨みつらみをロディに対しても、メアリイに対しても、
おくびにも出さないんです。小さい頃から内向的で、感情を表に出さない性格のようで、
どんな時も優雅なレディであり続けます。けなげ、というのか、本当は芯が強いのか、
傍からはなかなか分かりづらい人物です。
裁判所でも、「無罪を申し立てますか」の問いに、しばし考えこみます。せかされて、
「無罪」を主張するものの、彼女の弁護士も冷や冷やでございます。
でも、次第にエリノアの心中がわかってきますし、読み解く過程は文学作品と言って
いいようにも思います。
憎いと思ったことは罪なのではないか? 
いなくなればいいと願ったことは罪なのではないか?
エリノアは自問していたのです。

ミステリーがそんなにお好きでないけれども、文学好きの友人の何人かに同じように言われる
ことがあるのです。
「クリスティーは普通小説が面白い、『春にして君を離れ』みたいなね」と。私としては、
悪くはないけれども、メアリー・ウエストマコット名義のままだったら、いずれ消えていくと
思っているんです。こうおっしゃる方は、有名な作品はご存知かもしれないけれども、
『杉の柩』や『五匹の子豚』や『ゼロ時間へ』など(これらは全部1940年代作品)、
マイナーな作品はお読みでないと想像しています。
断言します、普通小説の面白さ、文学の香り、今回の場合は、法廷ものミステリーとして、
どれも超一流でありながら、ちゃんとした本格推理ものであるという、多才さに脱帽するでしょう。
全部惜しげもなくぶち込む思い切りの良さが、あっぱれでございます。

探偵小説的には、メアリイという名はよくある名前みたいでね、伏線は早々に出てくるのです。
普通は気付かない。
あと、ポアロさんが「尋問した全員が嘘をついている」と憤慨しますの。
犯人だけじゃなくってね。
嘘は、ついた人の真の性格を示していて面白いです。
ロディはメアリイに求婚して完璧に袖にされたのを隠すために帰国の日を偽るし、
一方ロードは、エリノアを庇うために小細工をしてしまう。
お節介やきのポアロさんがロードの背中を押すのは当然のことでしょう。

アガサ・クリスティー、ブラボー!!


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