秋野仁教室OB会花展実りの季節到来

2022年09月11日

宝塚歌劇『霧深きエルベのほとり』

はい、こんにちは。          雪華ホーム


20220829むくげ


宝塚歌劇は、ブロードウェイミュージカルや、ロンドンのウェストエンドミュージカルを
いち早く紹介してくれますし、質の高さで既に定評があります。
歌、踊り、脚本、演出、オーケストラ、衣装、舞台装飾、その他全ての総合力の成せる技です。
日本オリジナルでも、数々の名作がもちろんあるんでしょうが、私の知っている中での
一押しは、『霧深きエルベのほとり』でございます。

日本を代表する劇作家であり、演劇界に多大な功績を遺した菊田一夫氏が1963年、
宝塚歌劇のために書き下ろし、幾度も再演されている傑作。
私が何度か見ているのは、2019年星組バージョンです。

エルベ川は、チェコ、ドイツ東部を流れ北海へと注ぐ川で、
舞台となるのは、その周辺のどこかヨーロッパの小さな港町のようです。
船乗りカールの独唱から芝居の幕は開きます。
小さい頃からたくさんのお稽古を重ねて育った、たくさんのタカラジェンヌの中から、
トップに上り詰めることのできた男役俳優さんですからね、
堂々たるものは当然でございます。
マドロスキャップというのかトップが平らで小ツバの上には立派なエンブレムがついている
のを被っていて、とてもカッコイイです。

紅ゆずるさん演じるカールは、今回限りで船を降りようと決意しています。
このカールが、一癖二癖もあるチャラい男なのでございます。
汚い言葉使いや、仕草の泥臭さなど、
ジェンヌで、この役ができる人って限られるのではないでしょうか、
と言いますか、これほどの適役が他にいるのでしょうか? ぐらいのハマり役でございます。
ご機嫌で船が着いた港近くの酒場では、仲間全員におごっています。
仲間から借金したお金なんですけどね。
町は、年に一度のビヤ祭りで華やかなこと。
あり得ない二人が出会う絶好の場です。
名家の令嬢マルギットが一人ポツンと、場末の酒場でひたすら浮いていますが、
それもそのばず、父親との確執で家出中なのです。
居場所のないマルギットにとって、カールは今までに見たことが無いタイプの人物で
面白くて新鮮で、たちまち行きずりの恋に落ちるのに時間はかかりません。
カールにしても、初めは遊びのつもりでしたでしょうが、
あまりにも純粋なマルギットに本気で惚れてしまいます。
「家出娘っていうものは、酒場で悪い男に出会う、それから酷い目に合うってのが相場ってもんさ」
この辺りのカールの言葉に、思わず笑ってしまうと同時に、
正直さのかけらを感じずにはいられません。
「カールったら、私を酷い目に合わせるつもりなの?」
とマルギットはカールの目をじっと見つめます。しどろもどろになりながらカールが答えます。
「その場は一生懸命なんだぜ。だから、それはいい思い出になるってもんだ」
一夜を過ごした翌日、カールはマルギットにプロポーズします。

その間、実はマルギットには父親が決めたフロリアンという許婚がいて、
マルギットの妹シュザンヌと二人で、出て行ったマルギットを懸命に探しています。
フロリアンは、今をときめく礼真琴さんですし、シュザンヌは亜沙瞳さん。
どちらも芸達者で大好き。
マルギットがこんなに世間知らずのお嬢ちゃまでなければ、フロリアンの方がどんなに結婚相手
にふさわしい人物かとわかるのですがね。そこは、愛はミステリー。

フロリアンは大人の包容力のある人物設定なのでしょう、
マルギットの我が儘だけれども可愛いところを心底愛しているけれども、
常に一歩引いて、己の役割を感情を抜きにして、行動し思いやれる人です。
礼さんの一曲は泣かせます。
妹役の亜沙さんも、出番は少ないですが、密かにフロリアンに恋心を抱きつつも、
決して出しゃばらなくて献身的であるところが、涙を誘います。
最近の悪女的な役割とは全く違っていて、大人しいシュザンヌを演じています。
マルギットの父親役の一樹千尋さんは、安定の演技で、
一族の長として強権的には見えますが、娘を大事に思っていることにかわりはありません。
つまり、物語上に誰も意地悪な奴だとか変な人だとかは登場しないのですが、
人生はうまくいかないものでございますの。

生まれも育ちも全く違う者どうしが、一緒に暮らしていくのは並大抵ではないのでしょう。
タイタニックのジャックとローズも、船が沈まなかったとして、
二人は結婚し幸せにくらしましたとさ、とはいったでしょうか?
私が年をとったせいなのか、そうは思えなくなりました。

カールとマルギットの結婚披露パーティが、マルギットの家で催されますの。
フロリアンも祝福して、パーティーの設定や進行役までかって出ています。
マルギットは知らず知らずのうちにお祝いにかけつけた貴族の仲間たちに、
カールのことを引け目に感じてしまうのをごまかせないでいますし、
カールはもちろん終始居心地が悪くて、「ここを出て田舎で二人で暮らすよな」
と念を押したりしているんです。
フロリアンはその一部始終をよくわかっていて、二人をとりなそうとまでしています。

そこでついにマルギット父さん、部屋にカールを呼び出します。
しばらく後カールはドアを開け、玄関口に行くまでの間中、罵詈雑言を放ち、
お父さんからもらった手切れ金を見せびらかし出ていくのです。
かくして、ビア祭りで出会った二人の、ビールの泡のような恋は終わります。

ドアの先で、へたり込むカールの独白のなんと切ないことでしょう。
もし、オレが文士だった、いや僕はこう書く。
マルギットお嬢ちゃんは怒りまくる。それをフロリアンが慰める。マルギットは次第にフロリアン
を信頼する。それから結婚して幸せになる、と。
最低のどうしようもない男なんだけど、最高の心根を持っているのでございます。
身を引くことで、幸せを願っているなんて、高等な人間にしかできないこと。
あり得ない設定のあり得ない人物像を、こんなにリアルに演じられる紅さんに、拍手喝采です。
嘘から真実を生み出せるのが創作の妙でございます。

ラストに、酒場のママに話を聞いてもらう場面など、ティッシュを何枚ぐしょぐしょにすればいいか
私には責任は持てません。
「マルギット・パパは、手切れ金を持って家を出ないことには安心しねえ。
お嬢ちゃんは手切れ金をオレが持って出ないことには諦めがつかねえ。
そんな訳でこの金を持って出た。だけどよお、それだとあんまりオレがみじめじゃねえか? 
今度何かの折に、マルギットの家にこの金返しておいてくれねえかなあ」とママに頼みます。
その後、子供のように号泣するカール様。

エンディングはオープニングの場面に再び戻って同じ曲の独唱となる素晴らしい演出でございます。
私たち観客はこの二時間足らずの間に、同じ人物を全く違う目で見ていることに気づきますから。
視点を変えてしまうほどの、脚本の奥深さをまざまざと感じさせてくれます。
乱暴者のように振る舞いながら、実は傷つきやすくて、純真な心を隠しているカールの
生き様に、胸を打たれない人はいないでしょう。

歴史に残る傑作にブラボー!!



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