緑の多い町、市川大野そろそろ夏休み

2022年07月13日

クリスティ読破33『ナイルに死す』

はい、こんにちは。          雪華ホーム

20220707バラ自由花




33作目の刊行は1937年『ナイルに死す』。アガサ47歳。
アガサの膨大な執筆作品からすると、ちょうど三分の一ほどです。
大きく前・中・後期と分けると、この作品は前期アガサのクライマックスとも言えます。

600頁近い長編であり、殺人事件が起こるのは半分近くまで待たねばなりません。
ご丁寧に、本文まえの頁には訳者さんからのおねがいがついており、
じっくり読めとの指示までございますの。
異例のミステリーなのです。
アクロイドで世間を驚かしたように、またやってのけました。
エンドハウスの『邪悪の家』など、萌芽というべき前作はありますが、
最も効果的で最も成功した例が『ナイルに死す』だったのでしょう。
殺人現場に探偵登場! から物語がスタートという小説や映像作品が多いのです。
後の作品でアガサが小説中で語っています、
「そういうのばっかりよね、でも、本当は事件の前から始まってるのよ」みたいな記述。
そして、命名までして、本のタイトルにもしています。1944年『ゼロ時間へ』です。
ゼロは犯行時間です、そこに至るまでのドラマをカウントダウンしていくわけです。
これって、世紀の大発見だったと思います。

あまりにも有名ですし、映画化も1937年、1978年、2020年と、忘れた頃に復活する普及の名作
ですから、結末はご存知の方が多いとは思いますが、
こんな劇的な楽しい小説はめったにありませんので、まだ読んでない方は以下スルーして下さい。

先ほどの話に戻りますと、
小説のプロローグ的な第一部と第二部に分かれています。
第一部には、ナイル旅行に行く前の登場人物達(これが多いです)の様子が描かれます。
人物は多いですが、それぞれに個性的ですので、すぐに慣れるでしょう。
中心人物は三人。深く愛し合って結婚を誓う、サイモンとジャクリーン。
そこにジャクリーンの親友で、美貌の大富豪リネットが関わります。
何でも持っているし、手に入らないものなどない、リネットがサイモンと結ばれる展開になりますの。
略奪愛?かもしれないし、サイモンがお金に目がくらんだかもしれないし、単なる心変わりなのか、
そこら辺りは詳しくは書かれないけれども、サイモンって駄目男認定。
リネット憎し(羨ましい)の感情がふつふつ煮えたぎります。
結果として、ジャクリーンの憤りや悲しみは、誰の目にも明らかですし、
こういう話は時代を超えて、現代でも同じでしょう。ちっとも古びないのです。
「あー可哀想に、どうなっちゃうんだろう」って思うのは人間として普通の反応でございます。
小説好きは小説の中をリアルに生きているものです。
アガサの手にかかると、これでいっちょ上がりでございますの。
もう、掌の上
小説の中のリアルと思っていた部分に嘘の劇を偲び込ませるのが、なんとお上手なことでしょう。
脱帽以外の言葉が見当たりません。
第一部は登場人物のただの紹介編だと思ってはなりません。

第二部からいよいよ、登場人物たちの各々の思惑を秘めて、ナイルが舞台となります。
アガサの前書きに次のようにあります。
「探偵小説が逃避的文学だとするなら(それであって悪い理由はないでしょう!)
読者はこの作品で、ひとときを、犯罪の世界に逃れるばかりでなく、南国の日差しと
ナイルの青い水の国に逃れてもいただけるわけです」
自身のナイル旅行と、この作品に一方ならぬ思いをこめている様子がうかがえます。

ただ面白いのは、私が想像する(ナイルに行ったことが無い)砂漠やスフィンクスや、
ツタンカーメンなどは全く出てきませんし、ガイドブック的なものは一切ありません。
旅情ミステリーというのとは少し違うのではないかと思われます。
それでも、いくらかはありますよ。
遠景に浮かび上がる遺跡、土産売りの子供たち、むんむんする暑さの中を、
ゆったりとナイル河が流れ、クルーズ船が行き交うんです。
アブ・シンベル神殿なども出てきます。地図もあります。船の配置図もあります。
が、もっぱら勝手に想像しまくるんです。見たような気になってるんでございます。
つまり場所の記述は案外少ないんです、
例えばオリエント急行などにしても、車窓からの景色などには触れないです。
事件は雪に閉ざされた中で起りますから、走ってさえいないわけです。
あんまり興味ないんかなあ。部屋の内装などには、事細かですものね。
アガサの主張したい部分は、人間ドラマと、会話の妙なんでしょう。

我らが名探偵ポアロさんは、相変わらず健在ですが、
ここの相棒はヘイスティングズ君ではなく、レイス大佐です。
私は前のブログで、泥棒さんのハッピーエンドはアガサには無いのではないかと、
書いたような気がしましたが、これを再読すると、ありましたね。思い出しました。
ポアロは事件として大きいか小さいかはわかりませんが、窃盗を見逃したりもしていますね。
このクルーズ船には、殺人と盗難事件、窃盗病患者、スパイ潜入と、盛りだくさんの悪人たちが
同船していますので、細かいことは言いこなしよ状態にはなります。
こんがらせるのも、結末への効果の一つなのでしょう。

リネットは億万長者なんです。
億万長者が実際にどんな生活をしてらっしゃるのか、一目みてみたいと常日頃思っています。
(羨望の眼差し)
VIPにとってプライバシーは何が何でも一番大事でしょう? 
なぜ、リネットは訳のわからない人間が多数同席する一般の船(一応豪華客船)に
乗ったのかしらねーと、私でも疑問に感じるんです。
この物語自体が壊れてしまう瀬戸際でしょう? 
直近の映像化作品を見ていても、そこの説明は特に無かったように記憶しています。
本文中に、読者の疑問を消しておこうとして、ポアロがリネットに尋ねています。
「あなたにはお金なんて問題じゃないんでしょう? それなのに、どうして、
専用のダハビエ(ナイル河を上下する帆船)を雇わなかったんですか?」
サイモンは新婚旅行の費用は自分が出さないことには、男の沽券に関わるとでも
思っているような、リネットの財産に全く執着が無いというような人物像を作りあげようと
画策していたわけです。リネットはサイモンにぞっこんですので、その言葉を信じて、
怒らせたくなかったのです。
だから、貸し切りにしなかったという理由でした。納得。

持たざる者の不幸は肌で理解できますが、
持つ者の不幸も、またあるのでしょう。リネットの周りはとても華やかに見えましたが、
本当の婚約者、本当の友人は存在していなかった。
人生を幸せにするには、何をしなくてはいけなかったのか? と考えさせられます。
愛しすぎていると、ポアロからも忠告されていたジャクリーンにしても、そうです。
賢くて、並外れた行動力を、もっと別の所に使えなかったのか、と皆が感じるところでしょう。

事件解明後、ミセス・アラートンがポアロに話しかけます。
「恋って時には恐ろしいものにもなりますね」
それに応えて、
「だからこそ有名な恋物語はほとんど悲劇に終わっているのです」が、流石でございます。
ナイル殺人事件というタイトルではなくて、ここは、『ナイルに死す』の邦題が秀逸。
アガサ得意のダブルミーニングが生きますのでね。
自殺させるエンディングに、ネット上など、しばしば批判されることがありますが、
私は肯定的です。
愛する男を死刑の恐怖から解放させてあげるのが、ジャクリーンらしい引き際です。
そして自らも後を追います。
この世では結ばれることのなかった、ロミオとジュリエットのようです。

大小の悪人が勢ぞろいの登場人物達ですが、
実のところはドロドロの三角関係にしないところが、アガサの素晴らしいところです。
犯人たちは初志貫徹していて、
動機にしろ、トリックにしろ、変にこねくり回していなくて、ストレートです。
そういうところが、他のミステリーには無いスッキリ感や後味の悪さを伴わない点かと思います。
なのに、犯人がわからないのは、アガサの筆力でしょうね。
ラストの一文が実に潔い「問題は未来であって、過去はどうでもいいのである」と。

ブラボー!!

この記事へのコメント

1. Posted by takeharashizuka   2022年07月19日 19:20
5 ざ・いけの本をめくれば雪華様の松と桜の古典立花に会えり
      素晴らしいですね。おめでとうございます。
いつも素敵な自由花や立花を楽しみに開いて拝見してます。
2. Posted by 雪華   2022年08月03日 11:07
5 takeharashizuka様、こんにちは。

お久しゅうございます〜。ご無沙汰して申し訳ありません。コメントにも気づかず失礼しました。でも、大変嬉しいです。有難うございます。
広島地元の高校でのご指導やオープンスクール等、頑張っていらっしゃるんですね。尊敬と羨望でございます。いつかまたお会いできる日を楽しみにしています。

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