水仙の香しさ”陰(冬)の花水仙に限る 賞美すべき花なり” 

2021年11月25日

クリスティ読破18『邪悪の家』

はい、こんにちは。          雪華ホーム


20211120研究会自由花


1932年、18作目は『邪悪の家』アガサ42歳。
原題は「Peril at End House」で、別邦題の『エンドハウスでの怪事件』と同じものです。

(いつもの通り、ネタバレします)
文庫本400頁余りの小説中、殺人が起こるのはやっと150頁あたりです。
ミステリー小説はエンターテイメントであり、読者の退屈を免れるために、
なるべく早くに死体を転がせるという手法をしばしば用いるものでございます。
これより10年以上後の『ゼロ時間へ』の中でアガサが登場人物にこう、語らせています。
「必ず殺人が起きたところから始まる。しかし、殺人は結果なのだ。物語はそのはるか以前から
始まっている。……結果としてある人物がある日のある時刻にある場所におもむくことになる」
「すべてがある時点に向かって集約していく……クライマックスに」
その時をゼロ時間と名付けたのです。その傑作が『ナイルに死す』でしょう。
『邪悪の家』はそれを発見した最初の書物であり、特筆すべきものだと言えます。
最高のストーリーテラーだからできることですのでね、一般的には早くに事件は起こった方が
読み易いとは思いますよ。

エンドハウスは地の果ての家であり、実際に岬の突端に建てられたお屋敷です。
広い庭や家は、維持費がかさみたいへんでしょうし、
狭い気密性の高い部屋に慣れた者には、きっと寒いに違いないなどと邪推します。
暖炉は必需品ですもの。
その由緒ある立派な城と言っても差し支えない建物を所有するのは、
若くて、とびきりの美女ニックでございます。
屋敷だけを相続していて「現金は無いのよ」と言いながらも結構な生活をエンジョイしている
ように見受けられます。
従兄の弁護士や、年上の海軍中佐からも、ちやほやされ、
仲良しの女友達や従妹のマギーとも親友の間柄で、
みんなでよくパーティーを楽しんでいます。
華麗なるギャツビーならぬ、めくるめく華麗なるニックの日常でございますの。

一方で屋敷の不穏さや、彼女の憂いや、悲劇を暗示するものを背後に感じはしますが、
贅沢三昧な女性にうっとりとするわけです。
かの名探偵ポアロさんも、男ですのですっかり騙されることになるという
シリーズ中では珍しい設定でしょう。
三度も殺されかけていると言うニックを救いにエンドハウスへと乗りこみます。
ミス・マープルさんをアリバイの証人にしようとした、とんでもない犯人を描きましたが、
今回はポアロさんを手玉に取れないものかと考えたのでしょうね。
観察力や洞察力など、灰色の脳細胞が普通に働く状態では太刀打ちできないでしょうから、
女の魅力できたわけです。
読者も女性より男性の方があっと驚くでしょうね。

屋敷内で毎年打ち上げる花火パーティは、近隣の観光客も楽しみにしているようで、
一大イベントです。その時が、ついにゼロ時間となります。
ニックと間違えられたかのように、マギーが……。

ヒロインのニックは天涯孤独ですが、ある意味しがらみからも解放されているとも言えます。
育ての祖父はオールド・ニックという愛称で呼ばれていて、これが悪魔という意味だそうで、
悪名高かったそうです。ニックは小悪魔ちゃんというような意味合いで、皆から呼ばれるように
なります。
正式名はマグダラと言いますので、日本人としては愛称はよくわからない習慣です。
そして、一族でマグダラという名はたいへん多いのだと物語の導入段階で知らされます。
やがて登場する大人しくて、目立たない性格の従妹のマギーの名が、そう言えばマグダラの
愛称ではないかと気づく方がいたなら、ほぼ犯人は決定でございます。
でも、これはフーダニットのミステリーというよりも、
動機は何なんだろうというのが一番の見せ場である、ホワイダニットの面白さだと思います。

友人のマダム・ライスは、ニックを「あの子は嘘つきだわ」なんて発言しますが、
人気者にはつきものの中傷だろうなと思わせるところが、うまいです。
ラザラスというお金持ちの美術商は当初ニックに夢中になりますが、
やがて、ニックの友人であるマダム・ライスを選びます。
ニックは魅力的なのですが、なぜか誰もが、やがて離れてゆくのです。
ニックが嫉妬心に苛まれます。
何もかも、あんなに恵まれているというのに。
あるいは、あんなに恵まれている人が嫉妬なんてするかしら? 
という盲点に着目したアガサの文章力に脱帽でございます。

事件を起こす動機となったのは、マギーに対してでしたの。
容姿も言動も、特に際立ったことなど一つもないと、思っていたのでしょう。
それが、あの大富豪の息子と婚約しているなんて、という事実を知ったのです。
愛はミステリーなんでございます。
お金も羨ましかったでしょうが、やはり、嫉妬でしょうね。
マギーが周りを暖かく包むことができる優しい女性であることに、ニックは気付きません。
一番怪しそうに見えない人が犯人なのか、やっぱり一番怪しそうな人が犯人なのか、
一筋縄ではいかないのが、クリスティーの本領発揮作品です。

ブラボー!! 次はマープルさんの短編集『火曜クラブ』




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