秋の虫の音菊の季節

2021年09月16日

クリスティー読破14『ブラック・コーヒー 小説版』

はい、こんばんは。          雪華ホーム


20210906ご近所


刊行14作目は1930年『ブラック・コーヒー』で、アガサ四十歳。

この年は四冊出していまして、クイン氏という幻想的な今までにない探偵を創出し、
次が世界初と思われるおばあちゃま探偵を発表し、
この『ブラック・コーヒー』ではアガサ初の戯曲に挑戦し、
次作『愛の旋律』はメアリー・ウエストマコット名義で、
初のミステリーじゃない小説を世に送っているという、
押さえきれないエネルギーが一時にあふれ出た感があります。
安定した作家生活を十年経て、既定路線を打ち破ろうとする意気込みに驚かされます。

お芝居には並々ならぬ興味があったと見えて、その後も力を注ぐことになりますが、
文字からではないアイデアを楽しんでいるように見受けられます。
暗闇も含めての視覚的な試み、音などが重要なキーとなります。

戯曲版は昔読んだと思い、今回再読しなかったのですがこの小説版を読んでいて、
やっぱり結局のところ、Amazonでポチりました。
小説版はチャールズ・オズボーンが書いていて、冒頭に面白い演出を加えています。
チャールズ・トーマス・オズボーンは、クリスティ作品の戯曲を小説化することを
許された方で、専門は音楽に関する作家のようです。
ポアロさんがホワイトホールマンションでブリオッシュと熱いチョコレート(ドリンク)
の朝食を食べ終え、さらに甘いチョコレートのお代わりまでしている場面です。
苦い毒入りコーヒーとの対比でしょう。

書斎に集まる九名ほどの登場人物を舞台上で映し出しますの。
舞台では、そのうちの犯人が毒を入れている場面も当然入るわけです。だったと思います。
小説版には記載がありましたからね。
犯人捜しは目的ではなく、科学者である被害者の持っている新爆薬を作る化学式の
極秘書類を盗み出して、犯人はどこに隠すのかというのが謎です。

時間経過により三幕のお芝居の構成ですが、ずっと読書室という名前のお部屋だけです。
書棚はもちろんありますが、机やテーブル、丸いテーブルが二つ、
長椅子や腰かけもいくつもあり、立派な暖炉が備え付けられている広い部屋です。
謎は、ネタバレしますが、
アガサ処女作である『スタイルズ荘の怪事件』の中に出てくる、
恋文を細く切ってこより状にして<こより入れ>の中に隠すというものと同じです。
物を正しい場所に整理整頓せずにはいられない性格のポアロさんのいつもの癖から、
こより入れの場所が変わっていることに気付きます。
こよりは暖炉の上に置かれてあることが通常で、火を灯すマッチの役割としてあったのだという
英国での生活習慣のようなのです。マッチも若い方はわからないかもしれませんね。

スタイルズ荘では、これは小ネタの部類なのですが、
ブラック・コーヒーをお芝居として、観ている人々にとっては、
目の前の舞台上の読書室を二時間程度でしょうか、ずーっと見ていたにもかかわらず、
「えっ、そこに隠してあったの?」という驚愕をもたらすに違いないと目論んだものでしょう。
このアイデアのためには、犯人捜しという王道さえ捨てるという潔さでございます。
ミステリーの女王、もとい騙しのキングです。
以前に使った同じアイデアでも、見せ方、アレンジの仕方を変えることで
書物とは違うお芝居としての新しい発見をしたのでしょう。

破綻しかけていたカップルが再び強く結ばれるエンディングに、
希望を見出しますしね。
「満足のいくお芝居だったね」と、観客が帰って行く姿が目に浮かびます。
快挙と言える『検察側の証人』には及びませんが、十分でしょう。

オレオレ詐欺が無くならないように、人はあまりにも簡単に騙されます。
見ているようで見ていない。知っているようで知らない。
現実では困りますが、作り物の世界ではたまらない愉悦です。

ポアロにヘイスティングズにジャップ警部と、お馴染みオールスターキャストで、
本好きのアガサファンに加えて、演劇ファンをも獲得します。

恐るべしアガサ、ブラボー!!









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