オリンピック2020クリスティ読破11『おしどり探偵』

2021年07月26日

宝塚歌劇『蘭陵王 美しすぎる武将』

はい、こんばんは。          雪華ホーム


20210725近所の百日紅


2018年花組シアタードラマシティ KAAT神奈川芸術劇場での録画を見ました。
主演は専科の凪七瑠海さん。
これ、冒頭から全く引きましてね。
宝塚的には異色というか問題作なのではないでしょうか。
もちろん、いい意味でですよ。

6世紀の中国に、あまりの美貌で戦場の兵士達の士気が下がることを恐れ、
仮面をつけて戦ったという伝説で知られ、蘭陵王は京劇ではもちろん、
日本では雅楽の演目としても親しまれているそうです。

主君から疎まれ悲劇的な最後を遂げたことも人気の要因だったと言われています。
ところが、この蘭陵王の謎多き人生に、全く別解釈の物語、ラストを持ってきた
脚本家木村信司さんに大👏拍手でございます。
マイペースで精進してほしいものです(上から目線)。
小池修一郎さんみたいにあんまり有名になり、もてはやされますと、良い作品が無くなります。
初期の頃の方が良かったなあと思う、三谷幸喜さんとかも。
あくまで、個人の感想です。失礼しました。無尽蔵に才能が溢れるわけはありませんね。

ストーリーはめちゃめちゃ重いです、ハードです。 
決して他人の不幸を興味本位で覗いているわけではありません、
この冒頭エピソード無しには、演出家のメッセージが伝わりませんので、少々お付き合いを。
幕開けは幼い少年が雨に打たれ、ひもじさにうずくまっている場面からです。
折れるような心は鼻っから無いのでございます。
そこに武将が現れ、「いい子にしていれば衣食住を保証してやる」と言うのです。
宝塚的にほどほどのオブラートに包みながらも、征服者の慰み者になり、
成長していく様子をナレーションと共に演じられます。見ている方も辛いです。
少年は幼すぎて、何が起こっているのかわからないけれど、なんとか生きてゆくんです。
みんな、こんなものなのかと諦めています。
戦乱の世で、その美貌ゆえに殺されることは免れるけれど、同じことの繰り返しでした。

この暗い暗いシーンの後、一転しておねえキャラと言っていいのか、
「私は皇太子」という高緯のハデハデしい歌と美しい衣装のきらびやかな室内場面になります。
戦いは嫌いで、美しいもの、美しい男が好きとはしゃぎまわっている男性ですが、
心は女子。

ある時戦に巻き込まれ少年は、北斉軍に捕らえられます。
背中の入れ墨から行方知れずになっていた北斉の皇族、高長恭(蘭陵王)であることが判明。
宮廷に迎え入れられ、武術の鍛錬に励むんです。
強くなければ生きていけない、と固く信じていますから。
初陣で皇太子の高緯率いる北斉軍を勝利に導く大活躍にも関わらず、
宮廷内のごたごたに翻弄されるわ、高緯には言い寄られるわ(BLの世界)波乱万丈でございます。

さらに極めつけは、御妃にしろと美女を二十人もあてがわれるのですが、
一人だけワザと選んだ女性は、敵国の潜入スパイでしたのね。
自らと同じような境遇を哀れに思ったのでしょう、
見破られて自害しようとするのを必死で引き留めます。
その時の楽曲が『生きて』です。
幼少期の己は生活を与えられていたのではなく、尊厳を奪われていたことに気付きます。
歌詞がとてもわかり易く直接的な物言いで、ショッキングですらあります。
全てを捨てろ、希望なんかも捨てろ、逃げて逃げて逃げまくれ、そうすれば生きられる、
みたいな言葉だったと思います。
希望が無いと生きられないようにも感じますが、最後の最後にはどうなんでしょう、
プライドも何もかも全部捨てた先に、命だけが残るのかもしれないと、考えさせられます。
蘭陵王のこれまでの生き様を語ってるようにも思いました。
ただ、この時点ではあくまで他人事だったでしょう。
妃は考え直し、スパイの任務を捨て、いくらか平穏な日々を送ります。
その間に、他人を信用しないで生きてきた二人に情が通い合いました。

「人の嫌がることはやらない」みたいな単純なメッセージも、
実はたいへん重要なことですし効果的な演出だったと思います。
言葉が平易で、鋭いですね。繰り返す歌の詞はリズム感を生みます。
井上ひさしのお芝居を彷彿とさせます。
悪気はないのという言葉は加害者の常套句、陽気な高緯も、やってることは大悪人ですもん。
ただ役柄としては、面白いですね。
皇太子から皇帝になっても、孤独からは逃れられない不幸をうまく演じられていました。

そして、ここからが見所でございますよ。
陰謀に巻き込まれ、蘭陵王は処刑されることになるのです。
皇族としての名誉ある最後、自ら服毒死をとげよという命が下りますの。
ああ、理不尽この上無しのこういう結末だよなあ、という予想を覆し、
妃がやって来て、例の『生きて』を渾身の絶唱です。
偉くなって、捨てられないものがたくさんできたがために、死を選ばざるをえないなんて、
やっぱりおかしい話なんですね。
何が名誉だ! 地位なんて返上して、一目散に『逃げろ』は正解でございますよ。
お見事などんでん返し。
命こそが最後に残るものという人生賛歌でしたね。

蘭陵王の数々のエピソードは三島由紀夫的、耽美の世界、死の世界への誘いに満ちていますが、
これを命の物語に変えた手腕は驚くべきものでございます。
奪われてきた人生から、この先は与え与えられる人生を楽しく送っていけるだろう、
と思わせるラストシーンのなんと清々しいこと。
最後は宝塚的ハッピーエンドでホッとしました。

命にブラボー!!




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