夏だ!『イントゥ・ザ・スカイ 気球で未来を変えたふたり』一見の価値あり

2021年07月19日

クリスティ読破10『七つの時計』

はい、こんにちは。          雪華ホーム

20210712ちっちゃい自由花





1929年、アガサ39歳10冊目の刊行は『七つの時計』です。
二十年代にしか執筆していない、軽い冒険ものミステリー(当時としてはスリラーと言うそう)
というジャンルの小説です。これはこれで十分に興味深いです。

1920年代はヨーロッパで言う第一次世界大戦終結後の世界。
戦争の傷跡が癒えたかに見えつつも、内部では次の第二次世界大戦の
準備が実は始まっていたと考えられる時代背景でした。

七十歳代で執筆した、ポワロシリーズの『複数の時計』を思い出します。
タイトルも似ていますが、スパイも登場しますし、
緊張感あふれるサスペンスも描いていて、類似点を感じます。
全く違うのは、アガサは年齢と共に進化していくところに驚くのでございます。
作家として長いキャリアを持っているからと言って、なかなかできるものではない
のではないでしょうか。
人間というものは年を経るごとに円熟味を増していくという幻想を持ちたいですが、
通常はあり得ないと思っています
よほどの努力と研鑽が必要なんではないかと。

本作は『チムニーズ館の秘密』から四年後に起こる事件として、バトル警視も再び登場します。
チムニーズ館に宿泊していた外交官の一人、ジェリー・ウェイドはいつも朝寝坊さんなんです。
若い頃って、こうやって昼まで眠れたものですよ。他の若い宿泊客達が彼を驚かそうと、
それぞれが目覚まし時計を持って、計八つもの時計をベッドの下に忍ばせたんですね。
こういういたずら心も微笑ましいものです。
それでも翌朝、ジェリーは起きてこない……死んでいたのです。八つの時計のうち、一つが庭に
投げ捨てられ、なぜかマントルピースの上に七つの時計が並べられていました。
次に起こった殺人事件では、「セブン・ダイヤルズ」という謎の言葉を残します。
不可解な謎が読者を誘います。

若きアガサはユーモア感覚たっぷりで、物語を自在に操ります。
ジェットコースターのように、アーワーという間にすっかり術中にハマり、
けっこう驚かせます。
事件の真相の意外性よりも、センブン・ダイヤルズ・クラブの方が仰け反りました。
バンドルという好奇心旺盛で行動力のある若い女性が、事件を解決するのやら、かき回すのやら、
とにかく元気いっぱいに活躍するのに好感が持てます。
漫画や軽い小説として、現代ではこちらのジャンルの方が受けるのではないかしらん、
とも思えます。

前回と同様ケイタラム卿の人物設定がそもそも面白い。
やる気のない皮肉屋さんで、娘バンドルとの掛け合いは漫才のようですし、
後半バンドルに求婚するビルとの会話も最高でございます。
全編会話が実に楽しくて読みやすいです。
ちょっと可哀想ですが三枚目役になった、ジョージは、『高慢と偏見』の牧師さんみたいに、
求婚の相手が必死に断ろうとしているのに、意に介さず猛アタックを繰り返すところなど
笑われ役を一手に引き受けることになります。
恋のさや当てミステリーもアガサの必殺技の一つでして、既に顕在。

頑固な守旧派をダイ・ハードと呼んでいたんですねえ。
文句たらたらおじさんが死に物狂いで頑張る映画を思い起こしますが、
当時の貴族社会で保守的な主に老人層のことを指したのかもしれません。
ジョージの一説にあります。
「世の中にはダイ・ハードであるべきものーーつまり容易に滅びない、滅びてはならないものがある
ーー尊厳、美、謙譲、家庭生活の神聖さ、親子の情愛ーーこれらのものがあるかぎり、ひとはそう簡単に死ぬものか」
バンドルはジョージの型通りの古めかしさに嫌気がさしていますし、
若い頃の私自身も同じように考えたように思います。
老いたとは自分で思いたくはありませんが、これぞ名セリフと今では思いますのよ
科学や技術の進歩は大いに結構ですが、大事なもの、本物は残るはず。
ジョージさん、良いことも言っているんですよ。

自伝にもありましたが、アガサは屋敷や内装には並々ならぬ興味があったようです。
鉄鋼王の奥さんがかつての家の内装を語る場面があります。
今の広すぎるくらい広くてしかも陰気な巨匠の絵画がある家ではなくて、その前の家は、
「とても素敵な居間と、暖炉の脇にベンチを置いた明るい客間があってーー壁紙は白いストライプに
藤の花の縁飾りがあるのを、わたしが選びましたの。サテンのストライプですわーーモアレじゃなく。そのほうがずっと趣味がいい、ってつねづね思っておりますので。食堂は北東向きで、日当たりはあまりよくありませんでしたけれど、とびきり明るい緋色の壁に、おどけた狩猟のようすを描いた版画のセットを飾っておりましたからーーええ、まるでクリスマスみたいに陽気な感じでしたわ」と。
モアレという縞模様がどんなものか、調べてもイマイチよくわからないのですが、
アガサが住んでいたリアルな部屋の様子も見てみたいなあと思います。

右手で頬杖をつく、いつものアガサのプロフィール写真が何時の時期のものか知りませんが、
60歳前後ぐらいかなあ?
若い頃のアガサを偲ぶには、この20年代の著書は参考になるような気がしています。
青春冒険ミステリー、このジャンルで突き進んでもアガサは一流になり得たかもしれません。
が、華々しく昇華していくんですよね。
のろしは、アクロイド殺しで既に打ち上げられました。

次は『おしどり探偵』です。本格物はまだ先ですが、私はこれ大好き。
アガサのバリエーションの豊富さに、ブラボー!!

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