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2021年04月08日

クリスティ読破3.『ゴルフ場殺人事件』

はい、おはようございます。          雪華ホーム


20210405つつじ


三作目は『ゴルフ場殺人事件』です。アガサ33歳。
今はポアロなのか、昔はポワロの表記だったようで、
私が手にしている昭和59年発行版ではポワロさん。
そのポワロシリーズとしての二作目では、ヘイスティングズが
印象的な登場シーンを飾ります。
彼がというよりも、シンデレラと名乗る若い女性が魅力的なんでしょうかね。
お上品な女の子ではないけれども、真っ直ぐで感受性が強い。
学があるわけでもないのに、本質を直観で捕らえる知恵があるのは、
幼い頃から舞台に出て世の中を見ているからなのか、独特の個性を放っています。
旅の途中で出会う、『伊豆の踊子』のよう。
身分違いをシンデレラは自覚していますから、「もう会うことはないわ」と言ってのけます。
クリスティの描く人間は定型的だとしばしば聞かされるのですが、
この小説に出てくる女性像は、実に様々で生き生きとしているように見えます。

一方ポワロも別便で、助けを求める手紙を手にフランスの別荘へと向かいます。
そして、到着するや……言えない、ここまででしょうね。
最初の事件現場はそのルノール邸に隣接する建設中のゴルフ場です。
なだらかな丘陵地からは海が望める景勝地。
いろんな国の成功した人々が集まってくる高級な別荘街。

手紙の送り主であるルノール氏は南米の大富豪。
妻のエロイーズは気品のある中年女性として描かれています。
髪はほとんど銀色になってはいるけれども、はげしい生気と強烈な個性が、
どこにいても人に水際立った人間像を印象付けずにはいない……りっぱな女性。
50代前後の女性像を30代のアガサが描いているわけですが、
解説によると実母に近いのではないかとのこと。
今の私の年齢からしますと、50歳はまだまだ女盛りかもと思いますが、
若いときでしたら、老齢に近いおばさんにしか見えていなかったでしょう。
お隣の親娘は、
母は妖艶なマダム。娘は女神かと思うばかりの美少女。
宝塚歌劇のような面々でございますの。
ルノール氏の一人息子ジャックはふらふらした青年です。
男役だけは、宝塚的ではないかもしれません。

アガサの自伝の中にもメイドさんや乳母、家庭教師などの屋敷の使用人たちの存在感は、
半端ない記述があります。雇う上での苦労もよくやってくれた人への感謝の気持ちなどが
手に取るようにわかります。それだけ家事の切り盛りはたいへんだったのでしょう。
小説の中にも、しばしばそれが現れています。
時にはメイドが犯人だったりしますしね、ゆめゆめおろそかにはできない登場人物なのです。
メイドさんへの尋問は貴重ですし、ここでも手がかりを発見する場面があります。
一点の埃もないほど丁寧に掃除されている中で
なぜか暖炉の前の敷物が曲がっているのに気づくポワロさん。
持前の整理整頓好きから、かがんで真っ直ぐにもどすときに敷物の下から紙切れを見つけるんです。
「フランスでもイギリスと同じように、召使は敷物の下は掃除の手を抜くんだな!」
って言うのね。アガサの生活感がとてもいい。

十代の女性に恋をしたヘイスティングズはこのとき何歳くらいの設定だったのか、
よくわからないのですが、いくつになっても若さは魅力の一つですから良しとしましょう。
物語の展開として、うまいのは彼女を守るために、必死でポワロを敵に回し、
真実を捻じ曲げようとするヘイスティングズの役回りでしょうか。
まあ、名探偵には若い相棒を微笑ましいと感じるぐらいの余裕充分さで迎え撃ちますが。

日経新聞の最後のページに連載小説があり、伊集院静氏の『ミチクサ先生』を毎朝楽しみに
しております。夏目漱石の生涯を描いていて、なにやらこんな感じの人だったのだろうなあと
親近感をさらに持つようになりました。
漱石はジェーン・オースティンを高く評価しているところなど元々興味がありました。
数日前の章で、その金之助(漱石)君が、ロンドンから戻り岳父から
「文学というもんは、何の役にたつのかね?」と聞かれ、答えます。
「自分の発見です」
登場する人たちの、悲しみ、喜びを自分のことにおきかえて感じるようになると説明しています。
こんな質問をする人が、「ほう、なるほど」って絶対思わない気がします(苦笑)。
今でもよく耳にします。既に偏見がその言葉の裏に確立している、と私は穿ちます。
そもそも役に立たないことばっかりするのが、人間のような気がするのですが、
不要不急の人間は私だけだったのか? 巡回パトカーからマイクで流さないでほしいものです。 
不要不急の「人間」じゃなくて、「外出」の方でしたね。
この小説の設定では、
職業を選択する上で、経済的に苦しくなるよという親心なのでしょうが、それならそれで、
文学のせいにしなくてもはっきり言った方がいいような気がしますね。
お金にならない学問の方が多いくらいじゃないのかなあと。
それは、さておき「自分の発見」というのはうまいと思いましたので引用しました。
同じ書物でも、その時々の自分の興味のあり方や、少し蓄えた経験などによってか、
再読すると感じ方が随分変わるものですからね。
ちっとも記憶していないという能力の貧弱さと共に、今そのことに私自身がとても驚いています。

今回参考にしている文庫本は相当古いです。蕗沢忠枝さん訳。
「あなたの前に跪いて、おろがみ願い上げます」物凄い頼み方の翻訳でございましょう?
時代というものもあります。ですが、解説文も担当されていて実に素敵な文章なのです。
アガサについて、「この作家は、読者をチャームする絢爛たるサスペンス物語のかげから、
いつも、あるかなしかの声で、小川のせせらぎにも似た、あるためいきを送っているーー
そこにわたしは、しばしば、すこやかな純文学と、血の通った哲学のいぶきをさえ嗅ぎつけて、
堪能しています。……」
素晴らしい‼ 上質のミステリにのみ酔いしれていた私がそのことにやっと気づいたのは、
だいぶ後の『終わりなき世に生まれつく』でございました。
すごすごと引っ込む雪華でございます。

次回は『茶色の服を着た男』初読です。

ブラボー!

sekkadesu at 06:00│Comments(0)

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