今年の転勤はありませんでした・三年連続の引越しから脱出〜久々に古典立花の習作 桜一色に万年青の前置きで

2016年03月03日

台湾映画 張榮吉(チャン・ロンジー)監督

はい、おはようございます。          雪華ホーム

近所の桜

↑近所の桜が咲き始めました


台湾青春映画がいい!
今までも『海角七号』、『言えない秘密』などに触れてきました。
今回はチャン・ロンジー監督の映画二作に衝撃を受けましたので、そのお話を。

第一作の『光にふれる』でチャン・ロンジー監督の名が一躍有名になりました。
あらすじだけを読むと、「ああ、こういう感じね。盲目のピアニストは受けるわね」
の一言で終りそうになるかもしれません。
ところが、只者ではありません。映画って言葉じゃないんだなと改めて感じさせてくれました。

映像が、音楽が、実に雄弁に語ってくれるんですもの。
主人公が、今視覚ではなくて、胸の中で光をとらえているに違いないと思わせるショットがいくつもありました。
ヒロインの夢へ向かう眼差しにも、光が放っていました。

好きなシーンは、海でのちょっとしたデートの後日弾くピアノのメロディーがなんて陽気なことか。
音楽が全てを語っていましたから。

音楽と同様に日常の何気ない音もまた重要です。
目が見えないとしたら、それはとてつもなく重要でしょう。
私たちがやたらと、写真を撮るように、主人公は楽しかったときの思い出を録音するんですよ。
きっとそれは、風の音だったり水の流れだったり、ざわざわした都会の騒音だったり話し声だったりするだけなんでしょう。
でも彼の場合は疎かには聞いていないので、その音から記憶がまざまざと蘇るのでしょうね。

楽しみに夢中になったり、バイトをしたり、親に辟易としたり、
普通の若者たちの生き生きとした日常が見事に捉えられている気がしました。

盲目であるゆえに他人とは共有できないかもしれないという深い孤独感や、トラウマを持つ悲しみ。
息子を見守る母親の切なさが随所に見られます。
経済的な理由で夢を断念するしかない現実に折れそうになるヒロインの心。
それらの負の意識を吹き飛ばしてくれるだけのエネルギーのある物語でした。
光は希望そのものですから。
努力する若者を見ていると、涙が止まらなくなるのは、年齢のせいでしょうか??


注目の中の第二作が『共犯』というタイトルのミステリアスな女生徒の死を巡る物語。
犯人探しの展開か? ホラーか? と誘導されつつ次第に真実が明らかにされます。

高校生かな? FacebookなどのSNSを通じての日常が今を生きる若者たちなのでしょう。
若い人に接する機会は極めて少ない私ですが、現実はこうなっているのかなとリアリティを感じました。
このネット情報がまた、デマなのか真実なのか難しいです。
登場人物たちも、見ている側の私にとっても、何を頼りにするべきか迷います。
でも、捨てられないのでしょう。

そうそう、現代の台湾と日本はとても似ていますね。
景色にしても室内の装飾にしても外国映画だという違和感が全く無くてすんなりと入り込めます。
舞台となった学校の裏庭が森のようになっているなんて、素敵。そして……コワイ。

映画冒頭、水の中で溺れている場面。強烈な印象を残しますし、意味深です。
事件は別のところから起こります。
降りしきる雨が、飛び降り自殺を図った女生徒の遺体とそれを取り巻く三人の男子生徒に容赦なく落ちてきます。それが、すーっと頭上高く俯瞰的な視点に変わっていく場面。不思議な余韻を残します。
流れた血に雨が突き刺さり、ドクドクと沸き立つように見える場面。
恐ろしいですが、どれも衝撃のシーンでした。
いたずら的な制裁場面に思わずキャッとのけぞりましたが、
これなど後で考えると抑制が効いていると思います。ドロドロを強調しない姿勢がうかがえますね。

孤独の意味を強く考えさせられる映画でした。
タイトルは孤独な思いを感じさせている周りの者全てが共犯者という意味なのでしょうか。
孤独の行き着く先は絶望でしかないとは、監督さんは決して捉えてはいません。
過度な残酷さよりも、希望を感じさせてくれますから。

孤独だから他者と繋がりたいと思うのか、孤独だけど他者と繋がっていたいのか。
いずれにしても人は人との関わり無しには生きてゆけませんものね。
人って、興味の尽きない生き物だと思います。


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