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2011年12月09日

『水谷政次郎物語』その3

はい、こんにちは。          雪華ホーム




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『水谷政次郎伝 マルキパンの光と影 水知悠之介著 (新風書房)』にいたく感銘を受け、大幅に勝手に脚色しました。そのこと自体も、また内容中の歌詞の著作権ですとか、いろいろ問題はありましょうが。非営利のブログですので、ご勘弁ください。ご指摘を受けましたれば、ただちに!削除いたします。創作小説第二弾でございます。お時間が許せば読んでくださいませ。
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第三章
 昼の食事をする食器の音に加えてやかんのお湯が吹いている音が聞こえ、ゆきえは土間の台所にあわてて向かった。わずかに開いた玄関先から外の通りを行き交う数人のざわめきが聞こえる。
 明治42年、7月31日天満焼けと呼ばれる北の大火のあった日のことである。政次郎は32歳、ゆきえは28歳になった。
「運命ってあるのかなあ、ゆきえ」
 出来損ないのパンくずを牛乳に浮かせたパン粥と売れ残りのパンを昼ご飯にしてる政次郎が、手をとめてゆきえに話しかけた。
「さあ、どうでっしゃろ」
「あの、本村屋はんが軍の要請で満州・旅順へ行くことになって大阪店を閉めんならんようになったからこそ、うちのパン屋を誕生させよっていう気になったんや。あれが無かったらパン屋は始めてないなあ」
「そうですね、きっかけって運命なのか偶然なんやろか」
「人が集まるところには必ず、箱車の二輪車にありったけのパンを積んで、売り歩いたなあ。お陰で、よう陽に焼けたわ」
「あんたは、ほんまに働きもんや。両親はそういうところをかってましたんや」
「有難いことや。有難かったのは、それにゆきえのおじさんのマルキ牛乳店を継がせてもろたこともやで。」
「『パンのないミルクなんて!』っていうあんたの口ぐせが、牛乳配達のときに効を奏しましたなあ」
「それまでは、このパン粥かて、これしかほんまに食えんかったからな。正月かて、お漬物一品の麦飯やった。あれ、覚えてるか?」
「はい?」
 ゆきえは宙に目をやり、首をかしげている。政次郎は、ゆきえの考えてる様が愛おしく目を細めてそっと伺う。
「天神さんや、一昨年やったかな、完売したのがうれしゅうて、うれしゅうてな。雑踏を抜けた天満橋の欄干に箱車を止めて、屋台のうどん食べよか、って誘ったことあったやろ」
「そんなん、ありましたっけ?」
「忘れられへんで。『あんただけ行きなはれ、うちはここでしばらく洋子と涼んでますさかい』って言うたんや。赤ん坊の洋子もおまえも腹減ってたはずやのにニコニコしてた、暑くて汗もひかってたなあ」
「パンがよう売れてほっとしてましたんやろ。よう覚えてへんけど。子育てに必死やったわ」
「そうやない。うどん代が惜しかったんや。今はわかってる。去年までは外食なんか、でけへんかったもんなあ。元小麦屋の娘に、うどんも食わせられん・・・うっかりしてた、わしも節約せなあかんて、目さめた。情けないやらがんばらなあかんという思いやら・・・」
 申し訳なさそうに、政次郎は俯いて手にした茶碗を箱膳に置いた。
「そんなこと。すんでみると、たいへんなことってころっと忘れるもんですね。うちにとっては、子供二人を養子に出したことだけが、つらかった。あの子らのためを思たらそうするしかなかった。それにしても、女の子ばっかりできますな、5人も」
「跡継ぎ息子がんばるぞ」
 今度はパンを食らいついた。
「ふふ。ますます、稼いでくださいな」
 ゆきえは、食べ終わった茶碗を台所に運びやかんの湯をに注いだ。
「そうそう、えらい火事が起きてるという話やけど、午後の配達が終わったら様子を見てくるわ」
「火事だけは、根こそぎもっていかれるから、こわいこわい」
 ゆきえは、体をぷるっと震わせる。

 その夕刻。政次郎が表から駆け込んでくるなり、珍しく大声を張り上げた。
「酷い火事や。ゆきえ、たいへんや。大川の西側から炎が伝わってくるわ、消防夫が駆けまわるわ、着のみ着のままで逃げてくる人やら。家財を満載した大八車や、ののしりあうようなわめき声やら。えらいことになってる」
 そう言ったかとおもうと、家に残っていたパンをかき集め、せわしなく大きな袋に詰め始めた。
「これ、持って行ってくるで」
「あんた、気をつけや」と、言うゆきえの声が聞こえたかどうかわからない勢いで政次郎は飛び出した。

 火事対策本部の電話は鳴りっぱなしである。大声で対応する署員の声も方々でごったがえし、それぞれの声がだんだんに大きくなる。
 この本部が設置されたという本町筋の東署に政次郎は出向き、パンの無償提供を申し入れた。
署長は、汗をぬぐいながら政次郎に頭を下げた。
「有難い、早速救急隊の現場に届けてくれるか。このままやったら、天神さんまで行ってまいそうな勢いや。夜があけてでも火は消えよらん。すまんが、はよ、行ったんてんか。」
 片手は電話に延びて再び叫び続ける署長の姿を見た政次郎は、また家に引返した。今度は店のありったけの材料を使い、徹夜でパンを焼き始めたのだった。九歳の長女虹子も、八歳の次女保子も手伝った。

 翌明け方から大八車にパンを山盛りに積み、夫婦二人して一番近い避難所に向かった。隣接する消火に当たる役所・軍隊などの詰め所数軒に、無償でパンを配達した。
「すっかりパン無くなりましたなあ、あんた、くたくたや。酷いことになりました。でも、少しはええことしたかなあ。」
「まあ、ちょっと腰でもかけよ、疲れた。」
 二人は詰め所横の地面にへたりこんだ。そこへ、すたすたとかけよる足音がするので政次郎は振り返ると、あわてて保子が走ってくる。
「お父ちゃん、東署から、パンが届いてないっていう電話がかかってるよ」
 政次郎は、愕然として立ち上がった。
「管轄が違うんや。東署の詰め所はどこやろう?」とゆきえを見た。
「そんなこと言うたかて、みんな困ってる人ばっかりやし。返してとは言われへん」
「どないしょう、うちにはもう、パンも材料も全部あれへん。こんな、たいへんなときに見過ごすわけにはいかんやろう、約束したのに」

 自宅の電話をめざして、三人は駆け足でもどる。政次郎は東署へ連絡した後、パンの仕入れ金の入っている引き出しからありったけの金をかき集めた。
 街中が恐怖に包まれていた。政次郎は、その中を縫うようにして市中のパン屋をかけずり廻り、店中のパンを買いまわった。そして、言い訳一つせずに、東署の消防現場にそれを届けた。

 ほっとしたのはつかの間だった。翌日から政次郎には、商売に使うための、材料も蓄えも両方底をついてしまったという現実にうちのめされることになる。
「困ったときは、お互い様やないか、なあ、わしは、神仏は信じてないけど、人は信じてるねん、人様はきっと、見てはるはずや、てな。せっかく商売が軌道に乗ってきたとこやのに、ゆきえ、勘弁してや」
 政次郎はゆきえを見るが、寝室にしている奥の戸棚を空けてごそごそしている。
「あんた、このお金つこうて」と、ゆきえが折りたたんだ新聞紙の中からしわくちゃになった一万円札5枚を取り出した。
「……なんと」
 政次郎にそれ以上の言葉は出なかった。代わりに涙があふれた。

 まだ陽の上がる前から、いつものように大忙しのパン作りにとりかかることができた。そうこうしていると、店先がやたらと騒がしい。
「あの店やて、よそのパンまで買い占めてタダで配ったっちゅのは・・・」
「東署の署長はんが感激して、新聞に発表してたわ、読んだもん」
「たいしたもんや、パンはここで買おう、毎日パン食おう」
「うどんが一番や、言うてたやろ」
「誰のこと?」
 署長は、隣の管轄署から事実を聞いたようだった。
「へそくり出した奥さん!山内一豊の妻でんな」
「うちの、かかと交換してくれへん」
 どこからそんな話が流れるのか、しかも早い情報である。客どうしの笑い声と歓声が響いていた。比較的、火事の被害の少ない町の衆だった。

 作る端から売れるという思いがけない展開は、一月たっても収まらなかったのである。
「蒸しパン6つ頼むわ〜」
「こっちの方が先に頼んでるんやけど」
「うちですって」
 客達は店頭で先を争っている。
「大将、どこ行きはった?」
「猫の手がいるらしいで」
「はいはい、お客はん、わしが奥からできたてパンを運んできますから、ちょいとお待ちくださいな。今日からここの奉公人ですから」
 ある日、背が高くて愛想のいいお客の一人が、販売の手伝いをするまでになった。
「えー?」と別の客が驚いた。
「あっ、これは、おおきに、お客さんにまでお客さんの世話させて……わけわからん、お客さんだらけ」と、政次郎はあわてて店先に現れる。
「困ったときは、お互い様ですな」と、臨時奉公人はすましている。
「ほんまに有難いことで」
 政次郎は、店奥の釜にもどりゆきえにうれしそうに報告する。
「お待たせしましたー」
「毎度あり〜商売繁盛でにっこにこ」という威勢のいい声が奥にまで聞こえてくる。
「それは、わしの役やけどな」と、政次郎の声にゆきえも熱々のパンを大皿に並べながら大笑いで応えた。


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