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2011年12月16日

『水谷政次郎物語』その4

はい、おはようございます。          雪華ホーム




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『水谷政次郎伝 マルキパンの光と影 水知悠之介著 (新風書房)』にいたく感銘を受け、大幅に勝手に脚色しました。そのこと自体も、また内容中の歌詞、詩等の著作権ですとか、いろいろ問題はありましょうが。非営利のブログですので、ご勘弁ください。ご指摘を受けましたれば、ただちに!削除いたします。創作小説第二弾でございます。お時間が許せば読んでくださいませ。
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『水谷政次郎物語』
第四章
 ラジオから『ゴンドラの唄』が流れる。虹子はこの歌が好きでうっとりと満足げな顔で聞いている。おませな十五歳の少女は歌詞とメロディーの物悲しさをいくらかわかった風なつもりでいる。それでも「命短し」の冒頭は虹子の実感とはほど遠い。「恋せよ乙女」のくだりにいたく反応する年頃の娘になり、傍らには興味津々の浩一の存在がある。浩一は虹子の父、政次郎の経営するマルキパン工場に見習い工として住み込みで働いている。歳は虹子より六歳年上である。

 大正四年もやがて暮れかけようとしている。江戸時代からの堀川による舟運が、今では市電に代わり、再び、ここ四ツ橋界隈はなにわの中心として蘇った。政次郎はマルキ号総本店のヒノキの大看板を掲げ、店舗と自宅兼工場もここ北堀江に移した。

「こころもあらぬ秋鳥の声にもれくるふしを知るや虹子、深くも澄める朝潮の底にかくるる真珠を知るや虹子」と、虹子が便箋を手にして読んでいる。
「島崎藤村の若菜集やな」
パン工場の隅にある机で浩一は日課の勉強中であるが、虹子の長い髪がつたう背をそっと見上げた。日曜日の晩だけは虹子の習い事や学校の宿題や家の手伝いが無いことを浩一もよく知っている。虹子との会話は楽しい時間であり心待ちにさえしているが、内気な浩一はそれを表に出せない。

 虹子はその机に腰をもたれさせて、たまに振り返り浩一の顔を覗き込む。
「ラブレターや、うらやましい?」
「それ、変詩、そんなん書く奴変態」
 虹子ちょっと、口をとがらせるが、すぐに平気な顔を装い、浩一に背を向け読み続けた。
「あやめも知らぬやみの夜に静かにうごく星くずを知るや虹子、まだ弾きも見ぬをとめごの胸にひそめる琴の音を知るや虹子」
「まだ、続きますのんか? 僕は勉強せなあきませんの」
浩一は言葉と裏腹に虹子の長い髪の後姿をそっと見る。
「浩一さん、ほんまよう働きはる。まだ明けきらん朝の早くから起きて。せやのに、その合間には本読んで勉強家やね」

 マルキパンの商売は順調に捗っているようで、年々規模が大きくなっていた。
「大将と女将さんは、親兄弟以上の恩人や。なんとか報いんならんと」
「おとうちゃんは、浩一さんのこと好きやで。信頼もしてはる」
 浩一は少しはにかんだ。年下の自由奔放な少女に翻弄されていると時々感じる。

「紅ちゃんはどのパンが一番好きかな?」
「私は、モトムラヤのジャムパン。浩一さんは?」
「なんや、それ他社の。僕は最初に食べた蒸しパンが大好きや。ここに来たいきさつ、まだ話したこと無かったなあ。お嬢様育ちの虹ちゃんにはわからんと思うけどな。ここに来るときにお腹がすいてて、すいてて、行き倒れになるとこやったんや。当てにしてた奉公先がつぶれててな、郷里には今さら帰られへんし困り果ててた。わずかに持って出たお金もなくなって。そんな僕に女将さんが食べさせてくれたのが蒸しパンやった。生涯、最高にうまかった」
「ここ、泣くとこやろ。しかし優等生発言やなあ」
「やっぱり、勉強する……」。浩一は吹き出しそうになるのをこらえ、本に目を落とすが文字は追っていない。
「お父ちゃんもお母ちゃんも、あの、人の良さは計算かいなあ?」
「そんなこと言うたらあきまへん」
「私はひねくれもんやねん、そやかて天満焼けやろ、南の大火でもな、奉仕の心が浪速住民の心をわしずかみにしはってな。結果的に宣伝効果絶大。店は大繁盛やもんなあ」
「どの職人にもたいそう、大事にしてくれはる」
「そりゃあ、パンの命を作ってはる。企業秘密もってるしな、情だけの問題やないと思う。戦略練ってはるで」
「虹ちゃんて、鋭いとこあるな」
「そりゃ、お父ちゃん譲りや、な、な、私のことちょっとは尊敬した?」

「さ、勉強の続きしよ」。やはり、虹子のペースにのせられていることに気づく浩一だ。「ところでそのラブレター、どんな奴が書いたん?」
「やっぱり気になるやろ? 教えてあげる。一番最後のとこ、愛する虹子さまへ、浩一より」
「なんやのん? それ?」
「浩一さんの変わりに書いてあげたの」
「自分宛に僕の名を語って、ラブレターを書くのやめてくれる」。むっとする浩一。
「他の見習い工さんとちごて、いい男やっ!てみな、噂してますで。店のみんなに、このラブレター自慢してこよ」
「頼むわー虹ちゃん、やめて。大将に見付かったら僕放り出される。他に行くとこないねんで」
「ご両親もいてはらへん?」
「そうや、頼むわー、それ返して。っていうか、だいたいそれ僕が書いたんちゃうし」
「私たち離れられないってことね?、私と浩一さんは赤い糸で結ばれてるんやわ。私、この返事にはこう、書きますねん。広い額に浮かぶ汗ダイヤモンドに見えしとき端正なる横顔の華ある君と思ひけり、どう?」
「からかわんといてえなあ……勉強してる方が落ち着くわ」
「もっとお話し、したい〜」
 虹子は満更ではない表情の浩一をしっかりと捉えている。


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この記事へのコメント

1. Posted by 水知悠之介   2013年01月23日 09:53
 2013年1月20日、17時から30分間、札幌テレビ・ラジオ(STVラジオ)の「ほっかいどう百年物語」にて、水谷政次郎が、取り上げられました。
 その際、関係者から「水谷政次郎物語」のネットのことを聞き、初めて、この第4章を見ました。この創作の前後は、アップされているのでしょうか?
 あれば、ぜひ読ませてください。

 私としては、「水谷政次郎」が、もう少し世間に取り上げられることを熱望しており、その意味では、自由に創作されるのは一向に構いません。
3. Posted by 雪華   2013年01月25日 09:51
5 水知悠之介様有難うございます。コメント頂きたいへん恐縮しております。

憧れの作者様にお言葉を賜るとはまさか、思いもせず。あの、失礼ですが、本当に本当にご本人様ですよね?

私の拙い物語は、一応6章からなる予定です。4で止まっておりますが5章が大正8年のハルピンでのエピソード、6章が昭和6年の暮れのエピソードのつもりです。なるべく早くに書き上げて、水知様宛へ直接、上記にリンクされているメール宛てへ差し上げてよろしいでしょうか? 読んで頂ければ幸いにございます。
もっと上手く文章が書きたいと思い去年の秋から谷町7丁目にある大阪文学学校で学んでいるところです。
4. Posted by 親方   2013年03月06日 17:58
水知先生がコメントされていたのでつい書き込みしてしまいました。
私が、祖先について調べ始めた頃、こちらのブログを拝見いたしました。
本日、先生よりSTVラジオ放送後の反響が多いとの連絡を受けました。
先生同様「水谷政次郎」が朝の連続ドラマにでも取り上げてもらえないかなと思う一人です。
5. Posted by 雪華   2013年03月07日 18:11
親方さま、はじめまして。

コメント有難うございます。
水谷政次郎さんの子孫の方なのですね。びっくりでございます。ずしりとプレッシャーも感じます。

北海道にゆかりがあることはもちろんでしょうが、大阪でこそもっと知ってもらいたいと思う偉大な方です。私もドラマやお芝居になる素晴らしい素材だと思っています。

こつこつと知り合いに話す程度ですが、お力になりたいと思っているんです。私にもっと、力があれば……才能があれば……と悔やんでいます。
鹿児島への引越しで、今はばたばたの毎日ですが、物語を完成させて親方さまにもぜひ読んで頂けるようにがんばります。

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