Autumn has come2011 Ikenobo Autumn Tanabata Exhibition

2011年10月13日

『水谷政次郎物語』その2

はい、おはようございます。          雪華ホーム




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『水谷政次郎伝 マルキパンの光と影 水知悠之介著 (新風書房)』にいたく感銘を受け、大幅に勝手に脚色しました。そのこと自体も、また内容中の歌詞の著作権ですとか、いろいろ問題はありましょうが。非営利のブログですので、ご勘弁ください。ご指摘を受けましたれば、ただちに!削除いたします。創作小説第二弾でございます。お時間が許せば読んでくださいませ。
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『水谷政次郎物語』
第二章
 明治36年、天王寺界隈十一万坪に530万人もの入場者を集めたという第五回内国勧業博覧会が催された。11月とはいえ、暖かい日であった。政次郎と虹子は、朝一番にゲートに並んだ。笑い声と人ごみの喧騒と陽気なオルゴールのメロディが混ざって聞こえる。珍しいものを見ることができるワクワクした気分が人々を明るく前向きにさせていた。行列もなんということはない。
 おてんば盛りの長女、虹子を連れて政次郎は、いそいそと今でいう万博会場に入った。美しい植え込みと、赤い旗がいくつか翻っていた。政次郎は26歳であり、虹子は三歳の誕生日を過ぎた頃のことである。
「すごい人やなあ、よう手つないどかな迷子になるで」
 政次郎は、虹子の手を固く握った。こんな所で迷子になどさせては計画は水の泡である。外出前に虹子はよそゆきの鶯色のワンピースをいそいそと着て得意げなのが気がかりだった。政次郎は、家の者にちょっとした散歩だと告げて出てきただけだったのだから。女の子特有のオマセで目端のよくきく娘なので、政次郎はどこにでもよく連れてまわった。お父さんにそっくりで、と言われることが自慢のひとつだった。政次郎は、ある決意をしている。
「お父ちゃん、広いなあ、建物はお城みたいや。今度はお母ちゃんも一緒に来ようなあ」
「そうやなあ。ようけ、イルミネーションっていう電気がきれいに点灯されるらしいし、仕掛け花火も上がるから、今度は、夜に来ようかな」
「うわあ、そしたら電気と花火かあ、もっときれいなんやろなあ」
 政次郎もうっとりとした目になる。元来が派手好きであり虹子が喜ぶ顔も見たい。
「今日はな、お父ちゃんの勉強のためやから我慢してや」すぐにきりっとした表情に戻っている。
「何を勉強しはるのん?」
「パン言うてなあ。うちが商売してる小麦を使って、おいしいもんができるねん。それ、食べさせたるぞ!」
「わーい。どんなんやろ。あんまり甘くないから虹子にはおいしないかもって前にお母ちゃんが言うてはったわ」
「そりゃそうや、西洋人のご飯やからな。あまいご飯は気色悪いやろ。ああ、ここ。ここ。この看板見てみ。」
 長い館の壁を通りすぎたあと、政次郎は虹子に看板を指さして微笑んだ。 
「英語が書いてある。絵に書かれている人らは外国人やな」虹子は絵本で見る白人を思い出していた。
 政次郎は看板には目もくれず、その店内に釘付けになっている。中からは、ほのかにクラシックのメロディーと香ばしい香りがもれる。

 アンパンを販売し、東京銀座で店を構える本村屋三代目、三四郎が政次郎に声をかけてきた。
「あなた、見てばかりじゃなんだから、一つ食べて見ちゃあどうですか?。これが新製品のジャムパンですよ。お嬢ちゃんもどうぞ。」
「え、アンパンちゅうもんだけやのうて、これも小麦粉からつくりまんのか?うわあ、どんなんやろ。虹子も、よばれ」
 試食用のかけらを二つ手にとり、虹子にも渡す。言われた通りに先に、ひとかじりした虹子が叫んだ。
「わあ、おいしい!なんやのん、おとうちゃんこれ。おいしい。あまづっぱいのが、ニョローって中からあふれ出るねん」
 政次郎も一口味わう。じっくり、じっくりと賞味する。表情は真剣そのものだ。
「それは、パン生地の中に、アンズジャムを封じ込んだだけのものなんですよ。でも、アンパンを発明した父・安兵衛が、初めて私を認めてくれたもんですから」と、三四郎は胸をはる。
 まだ暖かい、ふわふわのパンを握り締めた政次郎の頭の中に否妻が走った。
「一体、どうしてこんなもんを作りますのんや?大阪でも和菓子屋からパン作りが始まりましてな、梅月堂、川口居留地の雑居地から富谷製パン、南の富谷製パンが出てきてはいます。けど、まだ一般的ではありませんわな。でも、前々から気にはなってます」
「これからは、パンの時代ですよ」
「うちは、小麦粉を商うもんで、うどんや蕎麦の原料としか考えたことはありませんでしたから」
「おいしいでしょう!大阪にも進出しますからよろしくお願いします」
「お父ちゃん、こんなおいしいもん、うちで作ってえなあ」
 政次郎は虹子にうなづきながら、三四郎に尋ねた。
「すみませーん、もし、作り方をなんとか教えてくれませんか?お忙しいでしょうけど、そこをなんとか」
 店の奥まで、三四郎を追いまわす政次郎だった。事務所にしている部屋から、観念したのか三四郎がドアを開けて出てきた。
「小麦の原料を安く融通しましょか?やっぱり、なんとのう二代目ちゅう方は品があって、がつがつしてまへんな」
「はは、参ったなあ、お世辞まで言われたからと違いますけど、ゆっくりお教えしますよ、奥にどうぞ」
「有難うございます。ご親切な」政次郎はしめしめとほくそえんだ。

 虹子が試食用の別のパンに次々と手を伸ばして、にっこりしている。
「こんなおいしいもん、初めてや。甘いご飯かていけるやん」
 政次郎はどれが一番おいしかったか、虹子の意見を聞いた。他のお客さんの反応もよく観察した。
 懇切丁寧に製造方法を教えてもらい、会場を散策しながら帰り道につく二人は、パンの話でもちきりだった。
「虹子、はは、うまいこと教えてもろたなあ。ほんまに、ええお方やった。お父ちゃんは決めた、うちの商売はパン屋にする!」
「ほんま?あれ、毎日食べられるのん?」
「そうや、そうやから、頼みがある。おばあちゃんとおかあちゃんを説得するときに味方になってくれんとあかんで。わかってるか。」
「そんなん、簡単やん。おばあちゃんは、うちにメロメロやもん。このお洋服も高かってな、お母ちゃんはやめましょって言うたんやけど、おばあちゃんが買うてくれはった。お菓子かてそうや、せやからこの頃はおばあちゃんに頼むねん。その方が話しが早いし」
 虹子はけろっとしておしゃべりを続け終わりそうにない。
「今朝かて、ここに出かけるのん、ばれるんちゃうかなあって思て、お父ちゃん、ひやひやもんやってんで」政次郎は話を元にもどした。
「うち、そんなにぼんくらやないもん」虹子は、頬をふくらませている。
「おとうちゃんは、婿養子やねんから。うちの家業に文句言われへん」
 時代がどんどん変化していくのを政次郎は肌で感じている。今のままでは店を大きくしていくことはできない。政次郎は既にある得意先と体系化された店のシステムではない、新しいものを一から作り上げたい衝動にかられていた。
「婿養子って、何?」
「ええわ、わからんでも。おじいちゃん、おばあちゃんはな、おとうちゃんが働き者やって信じてくれて店まかせてくれはったんや。でも、家業を変えるのはどんなもんやろ?ってちょっと心配なんや」
「おとうちゃんの言わはることに反対するかなあ?」
「成功するという何の保障もない」
「やらな、わからへんなあ」虹子が政次郎には哲学者のように見えてくる。
「一生懸命、説得してみるけどな」
「いーわ。うちな、お父ちゃんとみんなが喧嘩始めはったら、おならをぷーとこいたげるわ」と、虹子は鼻をつまんでみせる。みーんな、大爆笑やでと自分で言ってケラケラ笑った。
「お前、頭ええなあ……ほんまに」政次郎は言葉と裏腹に頭をかかえる。「今回はお父ちゃんにつきおうてもろたから、今度来る時はメリーゴーランドに乗ろな」
「知ってる知ってる、乗ってみたかってん」
「ウォーターシュートは、怖そうやからやめとこ」
 政次郎は恐ろしげな乗り物を想像しただけで、眩暈を覚える。それと同時に、虹子にメリーゴランドの精巧なしかけの玩具を買ってあげたいなと思いついた。飽きもせずにそれを夢見心地で見つめる虹子の顔が浮かんで来るのだ。
「水がバシャッってくる?」
「そうらしいなあ」
「服濡れるやろ、それはかなわんなあ」
「虹ちゃん、レディやもんなあ、せやから、おならはあかんで。やっぱり」
 虹子は再び大笑いだ。わけがわかっているのかわかっていないのか定かではない。

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