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2011年09月30日

『水谷政次郎物語』その1

はい、おはようございます。          雪華ホーム

 


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『水谷政次郎伝 マルキパンの光と影 水知悠之介著 (新風書房)』にいたく感銘を受け、大幅に勝手に脚色しました。そのこと自体も、また内容中の歌詞の著作権ですとか、いろいろ問題はありましょうが。非営利のブログですので、ご勘弁ください。ご指摘を受けましたれば、ただちに!削除いたします。創作小説第二弾でございます。お時間が許せば読んでくださいませ。
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『水谷政次郎物語』
第一章
 読経の音が晴れ渡った牧草地帯に木霊している。遠くで水の流れる音と、蛙の声が混じりあってまだ暑苦しい。この土地の名士であるあった政次郎の通夜の日のことである。昭和25年9月の北海道斜里郡小清水町は、数日前の久しぶりの雨で急に秋めいた。
 障子の開閉で読経の声が大きく響いた。
 控え室で妻、ゆきえが長男の嫁、華子につぶやくように話しかけている。ゆきえは髪が白くなるのを気にも留めず、ただ少しまとめておだんご状にしている。政次郎よりも4歳年下で、69歳になった。
「私の北海道行きに備えて、腰を痛めてるやろ、クッションがようなるようにって、馬車をな、お得意の改良を加えて作り直しはったんや」
「お義父さんらしいですね」
「ほんとは、山科やのうて、私にずーっと北海道に居てほしかったんやと思う」
「せやけど、寒いところですしねえ、仕方ありませんでしたわ」
「あっけないもんやなあ。号泣とかせんもんやな」
「でも、顔色は悪いですよ」
「呼び鈴を何回も鳴らしはってな、『今帰ったで〜』って言いはる気がする」
「かわいいとこ、おありや・・・った」
 華子は急須にお茶を注いで、座敷机のゆきえの前に置く。華子は政次郎夫妻の長男の嫁である。
 「それにしてもぎょうさんな花輪、フランスからのシュバリエ・カンボージュ勲章やら紺綬・緑綬褒章!マルキ号蠡緝充萃役やろ・・・浪花無尽蠎卍垢笋蹇ΑΑ讃岐倶楽部蠕賁骸萃やろ、阪神土地建物蠎萃役やろ・・・大阪商工会議所商業部長やろ・・・お義母さん、お義父さんの肩書きまだこれ以上ありますか?」
「私の主人という肩書き」
 今度はゆきえが戸棚を開けて、なにやら探っている。抹茶の最中があり、それをゆきえに渡してやる。
「あんまり偉い人は、実の家族は置いてきぼりってとこありませんでしたん?。他人様とは違う甘えやら安らぎの裏返しという意味ですけど」
「せやろうか?まあ、感じ方は、人それぞれやからなあ。あの人は家族思いやったわ」
「ほんまに、同じ人はおりませんね、残念ながら知性派の跡継ぎさんは、商売に向いてませんもん。さっきの電話かて、お悔やみやなくてお金の・・無心やったみたい(小さい声で)」
 家業は、長女虹子の夫が継いでいる。
「姉ちゃんは長女の意地で、どうしても浩一さんに跡を継がせたいて言うしな、うちの人も、頼りないねん・・・って言いながらも、そりゃあええとこもある婿養子やしな。腹くくりはった思う」
「子飼いの職人さんらですら、もうついていかれへんって、怒ってはるらしいです」
「噂に聞いてるわ」
「しょうがないわなあ。一代目ができすぎやもん。時代も違うし。比べられるお(義)兄さんもかわいそうや」
「職人さんやら、お得意様にはなんとか埋め合わせせなならんと思ってるけどな」
 家業のパン屋は傾いているのである。もう資金繰りにも困っているような状態だ。
「うちの人が生きてても、同じやったでしょうね」
 長男である夫が生きていてくれたら、少しはましだったのではないかと華子は夢にみることがある。
「それは、わからんけど、私は、ええと思てる。マルキパンは政次郎さん一代限りの夢やったんかも」
「それって、親の金、当てにしたらあきません・・・っていう意味?」
 華子は、義理ながらも母のさっぱりとした性格を尊敬している。また、とても気が合う先輩とも感じている。
「そうや、そうや(笑)。自分で築きなはれ。そして、それをまた子供に残そうや、歴史に名を残そうや、守りばっかりのそんな、ちっぽけな人間にはなりなさんな」
「ふふ、お義母さんの口癖ですね」
 ゆきえのそういう個人主義というのか、芯のしっかりとした性格が、華子はとくに好きだ。
「世間様のためにどんだけしてあげられるかが、それが甲斐性ってもんでしょ?」
「確かに。でも、そんなん、凡人にはできませんて」
「普通やない、面白い夢、見せてくれはんねん、あの人は」
「お義父さんは幸せな人やったなあ、お義母さんの理解があったから」
「ほんまに(強い語調で)、そう思います」
 華子とゆきえは声を合わせてくすくすと笑う。障子の向こう側から声がしてから、好子が先に入ってきた。
「ここにいてはったん」
 控え室で休んでいた四女好子と夫和夫が、部屋に入ってくる。
「あっ、好子姉さん達や、こちらにどうぞ」と華子が気遣って席を替わってやる。そして二人分のお茶を入れた。
「残業続きやったもんで、ゆっくり休ませてもらいました、ほんまにすみません。」と夫の和夫がゆきえに正座して挨拶する。
「遠いとこ、悪かったねえ」と、ゆきえ。華子も軽く、会釈する。
「なんとか間におうたけど。馬から落ちたっていうのは、ほんまやったん?それで、ぽっくりなん?信じられへんなあ。虹子ねえちゃんは、まだ来てはらへんの?」
「馬車が道路脇の潅木に突っ込んでな」
「虹子姉さんたちは、もう、そろそろやと思います、倒れてから急なことやったから」華子が申し訳なさそうに答える。
「貴子もやっとこさ連絡が取れたけど、今日になるな」
 七女の末っ子の貴子は、30歳を過ぎても独身で海外旅行中だった。
「あの子が一番心配や。動転してたわ」貴子には甘いゆきえだ。
「義兄さんは、資金繰りに困ってはるみたいやから、遅れるっていうのは、聞いてるねんけど」好子は、華子に聞かせてもいい話なのか、少しためらった。
 障子の開閉のあと、ばたばたと次男の久作も聞きつけて、部屋に入ってくる。
「それやん、昨日は、さすがに声はりあげてしもた」
「ちょっと、聞こえましてん」と、華子が小さな声でつぶやく。
「マルキパンも、お父ちゃんとともに御しまいやな。お母ちゃん、どうしはんの?」
 好子は、会社が本当に倒産するのかどうか気になって仕方が無い。
「もう、私も疲れたし。どっちの味方になっても、どっちから恨まれるし。 私は、隠居の身やからね、口も手も出 さんの。お金は、もっと出せんけどね」
「山之内一豊の妻もさすがに、降参ですわね」華子は、かつての一豊の妻ばりのゆきえの働きを聞いている。
「ほんまや、うちらはしがないサラリーマンやん、北海道の土地ちょっと、くれへん?」
 ついに好子は本題に入った。
「はじまったで・・・」ゆきえは背筋が寒くなる。
 風鈴の音がチャリーンと響いた。
「なんか、寒くなりましたね、急に」と華子は肩をすぼめて腕をこすっている。
「僕の同期に電気科学館で勤めてるのがいるんです。大阪堀江は、あみだ池・和光寺と電気科学館のプラネタリウムとマルキパン無しには、語れんのやて。マルキパンだけ、過去形になりますのんやろか」
 久作は、次男といっても下から二番目であり、パン製造の本業に対しての発言権は低いのだ。
「それも、仕方のないこと。時代の流れやし。火事より怖いもんがあったとはなあ、戦争や。パンも戦時統制になり、働き手はみな、兵隊にとられて、ぎょうさんあった店はただの配給所に成り果てた。いいがかりをつけられて、操業停止にさせられたり、えげつないことったら、なかった。武造はかわいそうに戦死するし、あげくの果ては、大阪大空襲や、ぜーんぶ無うなって別荘にしてた山科に逃げたんやから」ゆきえの良く出る唯一の愚痴である。
 パリパリとおせんべいを食べ始める好子。申し訳程度に、華子にもすすめるしぐさ。
「ついに、天に見放されたかな。まあ、お父ちゃんには、悔いはないやろけど、見放されたのは、私らか?」好子は涙声になっている。
「それにしても、慈善活動やら、寄付みたいなことばっかり、いつまでも続かんて。商売の才能はピカイチやけど、お金ためる才能とはまた、違うんやろなあ」久作も、おせんべいに手をのばすが好子がわざとそれを引っ込めてふざけている。
「ここの小清水小学校再建費用に、ポンと一万円という大金を出しはったというのは、本当ですか?」
 華子は、パイオニア精神と慈愛の心をもった義父を誇りに思っている。
「お金はいっぱいあったと思うけど」と好子は声を荒げる。
「尋常小学校の6年生になると、マルキ号製パンの大工場でパン製造の一貫工程を見学させてもらうのが、うれしかったって、今でも手紙をくれる方がいらっしゃるで。そういう方たちの心の中には残ってるんやなあって。うれしいことや」ゆきえは目を細めて政次郎の顔を思い浮かべる。
「よう、聞いたわ、それ」好子もうなずくのと、おせんべいをほうばるのとに忙しいが久作にはまだやらない。
「あの頃はみんなに、アンパン、ウズマキパンを五個と瓶入りの牛乳1本を生徒さんにご馳走しましたけど、みんな、ほんまにうれしそうな顔やった。あんな顔見られることが、こっちもなによりうれしかったんや」ゆきえは、お茶をすする。
「でもそれも、その世代限りで跡形も無く消えてしまうねんで。」久作はとうとう、おせんべいに飛びつく。
「まだ、わかりませんやろ」ゆきえは楽観視している。
「マルキパンの支点、ぎょうさんあったやろ?何個かうちにくれへん?」好子は遺産相続が気になりしかたがない。
 次女の保子が、入って来る
「好ちゃん、もう抵当にはいってるでしょ。あかんっていうのがわからんの」
「嘘、あんなにいっぱいあったで。七女二男で分けたとしても、だいぶ残ってるやろ」好子は引き下がらない。
「無い言うてるでしょ」ゆきえもぴしゃりと応えた。
「北海道の牧場は、久作夫婦が継ぐんでしょう?」保子は、久作夫婦だけが特別扱いなのが疎ましい。
「こっちも駄目ですよ。あの戦争が拡大して開拓の主軸はすっかり北海道から満州へと転換されるし。食料管理令で統制され、働き手は徴兵。北海道の自然が厳しいことは重々承知でも、お国のことはなあ」
 政次郎の頭の中では、大草原に広がる小麦畑と牧場でのんびりと草を食む多くの乳牛や馬の数の多さに目を細める絵を描いていた。それらが小麦となり、また新鮮なミルクやバター、鶏卵などパン原料の自家調達の夢は生涯消えることはなかったのだ。
 また障子の開閉の音がして、六女の佳子が現れる。
「ちょっと、みんな、ここにいたん」
「まだ来てない、二人を抜きにして、七人で分けても、遺産あれへんの?」好子はなお食い下がる。
「貴ちゃんは、また海外ちゃいますか?あの子、まだ一人もんで極楽生活やからなあ」佳子はゆきえに尋ねる。
「待てど暮らせど来ぬ人を〜、宵待草のやるせなさ〜今宵は月も出ぬそうな〜(「宵待草」をへたに歌う)お母ちゃんはこれからどうするのん?」
「オンチやなあ、小学校の先生は音楽は教えんでいいんか?」好子は愉快そうに声を挙げて笑っている。
「暮れて河原に星一つ、宵待草の花が散る、更けては風も泣くそうな〜」
好子 「二番まで、歌うか」
「私は今まで通り、華子さんと孫たちと一緒がいいわ。一番気が合うさかいな。長男の武造が早くに逝ってしまったのだけが計算はずれ」ゆきえは華子に微笑む。
「華子さん、スカ引いてしもたなあ、長男の嫁やもんなあ、介護よろしくね」
「そんなこと」
「華子さんと孫二人をなんとかする分くらいは、蓄えがありますからね」とゆきえは好子を軽くにらむ。
「いやっ、それは・・・、聞き捨てならん」
 やっぱり、隠してると好子は妬ましい顔でゆきえをにらむ。一同は爆笑である。


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この記事へのコメント

1. Posted by 佐々木榮一   2015年07月19日 20:47
5 初めまして、「水谷政次郎物語」大変興味深く読みはじめました。・・というのも、実は、水谷政次郎は
私の祖母の叔父にあたります。確か5年ほど前に「マルキパンの光と影」に出会い、大阪で水知悠之助先生の講演も拝聴しました。
去年、北海道旅行の際には小清水町の辺りも車で走り、先人を偲びました。
いろいろ、私のまだ知らない部分などの話をお聞かせ願えればと思い、アクセスいたしました。
差支えなければ、ご連絡ください。

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