なでしこを主役にしたいけばな……?Amelia Earhart

2011年07月22日

しんまい華道教授・雪華ちゃんの事件簿 その29 最終回!

はい、こんばんは。     雪華ホーム



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いけばな教室を巡る、悲喜こもごもを会話形式のお話にして綴っていこうというカテゴリをつくりました。どれだけ続けられるかわかりませんが。

これは、フィクションであり、登場人物や環境も全て架空のものです。が、当たらずといえでも、遠からじの逸話もありますので、ご自由に想像してくださいませ。

いけばなをとりまく環境はずいぶん時代とともに変わっています。私は今二つのパターンで、誤解や間違ったイメージにとらわれているんではないかと感じています。私たち世代は、お嫁入り前にお茶やお花を習っているのが当たり前な時代のたぶん、最後の世代だと思います。それ以降生まれの方たちにとっては、まったく未知の世界であるという方がけっこう多いですね。いけばなに対する反応を耳にして、こちらも驚くことが多いですし、いけばなをやっていない方たちとの間のギャップをものすごく感じます。周知のものと勝手に解釈していて、説明することを怠っていたりすることもひとつの要因かと思います。それを少しでも身近なものにできたらいいなあと試みました。そしてもうひとつのパターンです。それは、結婚する前にちょっと嗜んでいたわ、という方々にとってです。いけばなの表現方法は、古典芸能の側面もありますので、こちらの基本的な概念は、そうは変わりません。が、自由な発想を元とする芸術的な面は、相当変化しているはずです。不易と流行はともに必要なことですから、時代とともに進化していくいけばなもまたすばらしいものです。ここを、かつてのものと、リセットしていただく必要があるように感じています。

それらの思いをこめて、楽しいお話にできればいいのですが、・・・小説家でもなんでもありませんから、拙いものになりますが、ぜひ読んでみてください。
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<レストランにて>

 丸山さんの予約してある台東区根岸にある創業三百十余年の豆腐ならぬ豆富料理の老舗へと、一行は連なる二台のタクシーに乗り込んで向かった。

 玄関先には緑が配されて、赤い毛氈の敷かれた長椅子が置かれ、京都の風情のあるお店だ。上野寛永寺の宮様から、供した豆富を「笹の上に積もリし雪のごとし」とほめられたのが屋号の起こりらしい。サミール君が店員から説明を受けていて、当時の看板だというお店のロビーに掛けられた300年以上前のものを興味深く見つめている。今は目を凝らせば屋号の「ささめ雪」という字がなんとか読める。イス式の10人ばかり入れそうな個室に通された。

 景子さんはお店の主と馴染みのようで、直々のお出迎えと親しく言葉を交わしていた。慣れない高級店に雪華ちゃんはおずおずと部屋に入ると、紹介してくれていたようで、店主は上座へと誘い挨拶を交わした。皆が座席に着いたところを見計らって、席から立ちあがり話し始めた。

「あの、みなさん遠いところをほんとに有難うございます。このような席を設けて頂いて、重ねてお礼を申し上げます。えっとー慣れない堅苦しいご挨拶は、終わりにさせてください。ほんとにありがとね、この店感じがいいわ。それともうご存知かと思いますが、こちらの舞さんが新しいお仲間になります。今日のお食事会は、ためらわれるのを、私が無理やりお誘いしました。」

 ちょうど、テーブルには白酢和えが運ばれ皆の視線は雪華ちゃんから離れた。司会役の丸山さんの頂きますの号令とともに、ランチが始まった。江戸から明治にかけては明け方に入谷の朝顔を見た帰り、こちらに立ち寄って豆腐を肴に一杯というのがこのあたりの楽しみ方の定番だったとか、谷崎潤一郎の小説「幼少時代」にも登場しているのだとか、丸山さんは博識なところを披露している。歴史あるお店と土地柄だけに、店内には文人や書家の書、日本画などがいろいろ掛けられていて最初の小鉢を食べ終わるや、さっそく一条さんは観察を始めている。かの正岡子規もゆかり(裏に住居跡)のお店のようで屋号を諦み込んだ句をいろいろ残しているんだと、景子さんも加わる。

「これこれ、シンプルなかけ醤油豆富がやっぱり一番大事だよね、豆腐の味がごまかせないでしょう」
満足げに舌鼓を打つのがサミール君。店員がびっくりしたような顔をしてサミール君を振り返って、にっこりとした。

「元禄四年、初代が上野の宮様(百十一代後西天皇の親王)のお供で京都から江戸に来て創業。当時の製法をそのままに、にがりとお店の地下にある武蔵野系水脈の豊富な井戸水のみを使用して作られているんだって。だからか絹ごし豆富は上品な味わいのなかにしっかりしたこくがあるのよねえ」

「丸山さん、ミシュランでも暗記してきたんですか?」
かれんちゃんは感心しつつもちゃちゃを入れて、サミール君と笑い合ってる。

 コース料理の名物のあんかけ豆富や湯葉など繊細な味と見た目の美しさは格別だ。

「飛竜頭(ひりょうす)って何かと思ったらがんもじゃないですか。これはもっとたくさん欲しいわ」
かれんちゃんは頬をふくらませて上機嫌である。

「ポルトガル語らしいわよ。それから派生して、ひりゅうず、ひりうず、ひろうす、ひりょうずなど、なんだかいろいろな呼び名があるらしい。がんもどきっていうのは、もどきってついてるぐらいだから、肉の代替物だったわけでね。濁音がない、ひりゅうすっていう呼び方が私は好きかな」
洋子さんは、窓の景色にちらっと目をやる。

「僕は名前は何でもいいけど、おいしいよ」
とサミール君が爆笑を誘った。

 そしてご飯ものとなる「うづみ豆富」はちょっと濃いめのだし茶漬けが供される。至福の顔を浮かべる皆の顔を雪華ちゃんは順番にゆっくりと見つめる。舞さんはくつろいでいるだろうかと様子を伺ってみると、隣の席の景子さんとよく気が合っているみたいでほっとした。伊藤さんの事件での誤解は解けている様子だ。真ん中の席の雪華ちゃんの右隣が丸山さん、左が洋子さんその横が一条さん。向かいの端っこからかれんちゃん、サミール君、景子さん、舞さんの順だ。

 コーヒーが準備される頃、
「ものすごい偶然で、舞さんとこうして同じ席につけて嬉しいんですが。いろいろ、詮索したことなどがあって謝らないといけないんです。後で、詳しく説明しますね。悪気は無いんです。ごめんなさい」
雪華ちゃんは舞さんに深々と頭を下げる。彼女の方はきょとんとした顔で見つめている。「実は、景子さんの古い友達が亡くなった智子さんでして、その婚約者である伊藤さんの義理のお姉さんがこちらの舞さんなんです」

 今度は一同がどよめいた。
「ひとつだけ、ひっかかるんです。とっても不躾な質問をお許しください、それは。とても重要な問題ですから。あの、舞さんと伊藤大二郎さんとは恋愛関係にありましたか?」

「ありません。きっぱりはっきり断言しますが、ありません。ただ、大二郎さんは私の夫が亡くなったあと、とても心配してくれて、たぶんその同情を愛情だと勘違いしていた節がありました。大二郎さんの気持ちが揺れていたことははっきりと感じ取れましたのでね、それで家を出なきゃという思いに拍車がかかったことは事実です。ただ、それはほんの1,2ヶ月の短い期間だけでした。智子さんの存在がすぐにその後わかりましたから、私はなんて言ったらいいか、ほんとにほっとしました。これで幸せになってもらえるって心から祝福しました。誰も主人の代わりにはなりませんでしょう?また、代わりなんて、双方にとってひどい侮辱です」

「素敵。そんなことが言えるようになりたいなあ」
景子さんはうっとりと聞きながらも、舞さんをとても気にいった様子である。「あとで、美容師さんという職業について尋ねたい事やらお願いしたいことがあるんです。智子の弟のことなんですが」と明菜ちゃんからのメールの件をさっそく話してみたいと思ったようだ。 

「景子さんの旅行代理店で二人はハネムーンの予約をした幸福の絶頂だった智子さんがなぜ一夜明けて、あんなことになってしまったのか不思議でならなかったんです。その翌日大二郎さんはなぜ、実家に戻られたんでしょうか?」

「私の東京での思い出と、娘の誕生日祝いを兼ねてファンタジーランドに行ったんです。もう、これは他の日には替えられない大事な行事でしたから前々から娘は楽しみにしてました。ちょうど月曜日で、私も仕事が休みでしたから。あんまり自宅から近いものですから、あの有名なホテルにも泊まったことがありませんでした。奮発して娘と二人で泊まったんですよ、ほんとに楽しかったです」

「これは、私の憶測です」
と、雪華ちゃんは景子さんに向かって話し始めた。「智子さんは、まわりからもいろいろと大二郎さんについての噂話を聞かされていて、信用はしていたものの、はずみで確かめずにはいられなかったんだと思います。体の変化も精神的な動揺を生んだかもしれません。東京の実家に来て、舞さんたちと大二郎さんの様子を見たんではないでしょうか。ちょうど、運悪く楽しげに出かける所を。先入観がありますとね、まるで親子水入らずのように見えますでしょう?」

「私も間違えましたから」
景子さんも、舞さんに深く頭をたれた。

「あら、いやだわ。初対面ではありませんでしたの?」
舞さんは雪華ちゃんの顔と景子さんの顔を目を見開いて見つめた。そしてばつが悪そうに俯いた。やっと、クスクス笑いが出て肩の力が抜けた洋子さんだった。

「ロミオとジュリエットじゃないけれども、不運が重なってしまったんだと思います。自殺を美化するつもりは毛頭ありませんが、不条理なことはたくさんありますから」

「なんだか、申し訳ないような気になります。私達がもう少し早くにあの家を出ていれば良かったんですよね」
と舞さんの顔が沈んでいる。

「いえいえ、誰が悪いのでもない。それに、二人になんてバカなことをしたんだと言うつもりもない。どんな判断であっても、個人の意思は尊重されるべきだと思います。命を大切にしなさいというのは正論ですが、できないこともあるでしょう。生命の尊とさは、ただ息をしていればいいというもんではないはずですから。いろんな考えがあるでしょうが、私はそう思います」

「あの……他殺説はどうなりましたか?」
丸山さんは解せない表情をしている。全員が爆笑である。

「明菜ちゃんの話を聞いていても、みんなで勝手に考えた容疑者達はそろいも揃って智子ちゃんを慕ってる人たちばっかりだったでしょう。犯行方法もアリバイなんて考えたことも無かったし、どうでも良かったのよ、私は。智子ちゃんは幸せだったんだろうかっていうのだけが気がかりだった。その最後の最期は別の問題として」

「そうそう、明菜ちゃんからのメールによると、みどりさんとなんとかっていう先生とラブラブだそうなんです。なんだか急展開するんですよねーってそっちの話ではなくって。みどりさんも言い方はつっけんどんな方だけど、ほんとはいい方なんでした。誤解誤解」
景子さんが頭に手をやる。雪華ちゃんには、景子さんが万能選手みたいに見えていたので近寄りがたいような雰囲気を勝手に持っていたが、今回のことで身近に感じられた。景子さんみたいな優秀な人でも、人一人亡くなるという悲しみや重さには耐え難いものがあるのだ。冷静さを欠くと勘違いは起こりやすい。少しはこの仲間がその耐え難さを癒す手伝いができたのではないかとも雪華ちゃんは自信を持った。

「景子さんはそりゃあ、誤解もするわね。必死だったもの。私は智子さんのためでもあるけれども、景子さんのためでもある、なんとか力になりたいと思った。それで、真相が知りたかった。みんなも茶化しながらも、景子さんの納得のいく解決を望んでたと思う、景子さんの問題だった。亡くなった方達はもう戻らないからね。後に残った者を助けたい。残った者の命や、花の命を見つめるのが、そうよ、いけばなの道!さあこれで稽古に身が入るね」

「雪華センセ、宣伝入ってる〜」
丸山さんの言葉のあとに、景子さんは小さく「有難うございます」とつぶやいた。

「ファンタジーランドに銀細工のお店があるんです。大二郎さんは銀のスプーンを買ってましたよ。前々から予約してあったはずです、文字や記念の数字を刻印してもらうために」
遠くを見つめるように、舞さんは大二郎さんのあのときのうれしそうな顔を思い出していた。

「お墓に供えてあったのは、やっぱり伊藤さんが置かれたスプーンだったんですね。私それを見ました。智子が伊藤さんに愛されていたことがわかって、今日は本当にうれしい。伊藤さんが心から子供の誕生を喜んでいたことがわかって、私はうれしい。智子と一緒に喜びたい。智子が私のことを伊藤さんに話してくれていたことがわかって、うれしい。智子の悩みや痛みをなぜわかちあうことができなかったのかと、私を置いてきぼりにしていったことを悔んでばかりいたことを謝りたい。私はみなさんに支えられていることにも感謝したい」

 景子さんも、雪華ちゃんが仙台を留守にしている間に様々なことを発見していたのだ。知り合いの刑事さんも早い段階で自殺だと断定されていたけれでも、景子さんの様子を慮っていたことを父から告げられたそうだ。景子さんの今日の涙は清清しかった。

 しんみりとした空気が一変したのは、
「お待たせしました。おみやげの分の絹ごし豆腐と胡麻豆腐でございます」
の声だった。店員は軽いフットワークで一条さんのテーブルに包みを置いた。

「まったく、素早いわね。いつの間に注文してたのかしら。私にも言って頂戴」
丸山さんもすかさず、同じものを追加注文していた。

「なんで、お母さんだけいいものを食べてきてーって、絶対子供に怒られるもん」

「僕もインドに、お豆腐をおみやげにしようなか、どう思う?かれんちゃん」

「そうねー、お母様はお喜びになるわ、きっと」
かれんちゃんは、とろんとした目だ。何かが起こっている、この二人の間にと、他の全員は息を飲んだ。

「申し遅れました。僕達結婚することになりました、それで今回彼女をインドに連れて行って両親に会わせようと思ってるんです」

 えーっという二度目のどよめきは前回をはるかに上回った。

「私もインドで暮らすことにしました。思いっきり追いかけたんですもの。もう離さないわ」
と、目を輝かせている。

「そういえば、かれんちゃんって見かけによらず積極的なんですよ。待ち伏せしてましたもんね」
景子さんは脱帽だ。恋の顛末はやはり一番のミステリーなのである。

                                                       完

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