感謝と愛をこめて憧れの『細雪』の世界

2011年04月28日

しんまい華道教授・雪華ちゃんの事件簿 その28

はい、こんばんは。     雪華ホーム



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いけばな教室を巡る、悲喜こもごもを会話形式のお話にして綴っていこうというカテゴリをつくりました。どれだけ続けられるかわかりませんが。

これは、フィクションであり、登場人物や環境も全て架空のものです。が、当たらずといえでも、遠からじの逸話もありますので、ご自由に想像してくださいませ。

いけばなをとりまく環境はずいぶん時代とともに変わっています。私は今二つのパターンで、誤解や間違ったイメージにとらわれているんではないかと感じています。私たち世代は、お嫁入り前にお茶やお花を習っているのが当たり前な時代のたぶん、最後の世代だと思います。それ以降生まれの方たちにとっては、まったく未知の世界であるという方がけっこう多いですね。いけばなに対する反応を耳にして、こちらも驚くことが多いですし、いけばなをやっていない方たちとの間のギャップをものすごく感じます。周知のものと勝手に解釈していて、説明することを怠っていたりすることもひとつの要因かと思います。それを少しでも身近なものにできたらいいなあと試みました。そしてもうひとつのパターンです。それは、結婚する前にちょっと嗜んでいたわ、という方々にとってです。いけばなの表現方法は、古典芸能の側面もありますので、こちらの基本的な概念は、そうは変わりません。が、自由な発想を元とする芸術的な面は、相当変化しているはずです。不易と流行はともに必要なことですから、時代とともに進化していくいけばなもまたすばらしいものです。ここを、かつてのものと、リセットしていただく必要があるように感じています。

それらの思いをこめて、楽しいお話にできればいいのですが、・・・小説家でもなんでもありませんから、拙いものになりますが、ぜひ読んでみてください。
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<嘘>のつづき

「このあいだ、これがお好きだって伺ってましたから」
 明菜は引き戸の前で会釈しながら、手にしている紙バッグを見せた。こんなところによく来てくれてうれしいものだと、智子の母、美保は、明菜を部屋に招き入れた。

 台所から続いている、4畳半の畳敷きの食堂兼居間に座布団が勧められた。その奥にも小さい部屋があって仏壇には智子の父の写真の横に新しい智子の写真が並べられていた。勝手知ったる明菜は、お線香を上げて手を合わせた。二階は智子の部屋と務の部屋がある。務は留守のようだった。智子の部屋には入ったことがある。寮に住むようになってから、ここは空いているのだが、いつ帰ってもいいようにこざっぱりと掃除されていた。今もたぶん前と同じにように片付けられているのだろう。本人がただ、ほんのちょっと留守にでもしているかのように。

 今朝は、洗濯物を干すのに絶好の日和だった。休みのときと天候と洗濯の都合はなかなかぴったりとはまってはくれないのだ。近所のコインランドリーで乾かすこともよくある。明るい色でどちらかというとひらひらとしたレースをあしらったような服が好みの明菜だったが、今日はオフホワイトのシャツにダーク系のスーツにした。鏡の前に立って、これではいかにも改まりすぎてると感じて、上着を茶色のカーディガンに変えた。少しくだけたにちがいないと得心した。あわただしく準備をして予約しておいたケーキ屋さんに寄り、福島駅から郡山へと向かった。景子たちは、今頃東京に着いていることだろうとうらやましく思う明菜だ。でも、智子の母のことはわりと親近感があって、年上とはいえ普段なら話のよく合う楽しい時間を過ごせる相手である。でも、もう以前のようにはいられないのだ。

 しっかりとした紙袋の中から出てきたのはエクレアのシュークリームだった。
「インスタントしかうちには無いんだけれども、今コーヒーを入れてくるからね。ちょっと待ってて」
と、台所へ美保は向かった。今日の美保は紺色のティーシャツを着て、たいていいつも黒のズボンをはいている。一口に黒といっても細かいストライプがあったり、光沢のある素材だったり、デニムであったり、コーデュロイであったりよく見ると様々なバリエーションがあるのだ。その上から白地で花柄のエプロンをつけていた。痩せていて、指は何本も筋が立っている。智子とはあんまり似ていないように思って明菜は見ている。明菜は病院内でも人の顔を覚えるのが得意だ。

 その後姿を目で追って、美保が急に老けたように明菜には見えた。化粧された顔が変わったわけではないし、服装が変わったわけでもない、背中から感じるなにかが違ってる。智子に借りてたCDをバックから取り出して座敷机の上に置いた。

「ああ、いいのよ。それは。形見分けにもらっといて。あとね、まだ新しそうな洋服があったから、明菜ちゃんに着てもらいたくって、とっといたの、景子ちゃんとも分けて。いっぱいもってるだろうけど、形見だから。おいしそうねー、おもたせで悪いけど、このエクレア頂きます。」
 
 包みを開けて、エクレアがひとつづつ小さなお皿に盛り付けられたのとコーヒーカップを美保が机に置いた。美保の所作が決して荒いわけではないのに、机に触れた陶器の音がやけに響いた。このお皿は智子が買ったものだということを明菜は前に聞いたことがある。スミレの絵が描かれてあり頼りなげな青い花が切ない。

「ありがとう。大事にします」 
と、CDを元に戻して、きれいにたたまれた洋服を受けとる。明菜はエクレアをほうばって話題を変えた。

「この間、ぼーっとしてて車にはねられたんですよ私。お尻がまだ青いです」

「恐ろしいこと!びっくりさせないでよねー。それぐらいで済んだからよかったけど。親より先に子が死ぬことほど親不孝は無いんだからね」
と言って美保はまた、智子を思い出したようだ。明菜にも楽しい適当な話題が見つからずに観念した。

「務くんはあれからどうですか?」

 美保のまっすぐに通った鼻筋は務にそっくりだ。目が少し窪んでいる。明菜は、仕事柄他愛ないおしゃべりをして患者さんをリラックスさせたりすることがだんだんできるようになったし、大人の常識というのだろうか、あたりさわりのない話というのも随分とうまくなったと思っていたが、今日はさっぱりダメだ。身内や近しい人にはどうもうまくいかない。

「未成年だし、初犯だから執行猶予がついてね、保護観察になったの。生きてるだけでいいって思うことにしてるわ」
 
 務は嘘ばっかりついて、私を騙し続けてきたと美保は語った。エクレアのチョコがうっすらと美保の唇の端についているのを明菜は見てないふりをした。中学では、うちにバイクなんか無いのにもちろん無免許運転で乗りまわしてた。高校では女の子に怪我をさせたことも話さなかったそうだ。どうしようもない悪人になって、まともな人間にはなれないんじゃないかと心配で心配で仕方が無い。務のことばかりに神経が集中してしまい優等生の智子のことをあんまり気にかけてやれなかったんじゃないのかと悔やまれると涙ぐんだ。そのとき、唇のチョコもふき取られて、なんだか明菜はほっとした。大事な話の最中に何を見てるのやらとあきれる。それにしても務に何度裏切られても懲りないのが、我ながら不思議なものと美保は言う。親バカなものだから、今はちょっとやんちゃが過ぎるだけのずーたいが大きい子供なんであって、これからまともな人間になるって、期待してしまうんだと力無くうなだれる。智子がいてくれたら、こぼしたい愚痴がいっぱいあるんだけど。それが、いけなかったのかなあとまた自分を責めた。

「このエクレアとってもおいしいわあ。きっと明菜ちゃんと一緒だから、余計においしいんだ。もうひとつ頂こう」
と、台所に入ってまずティッシュを取り涙をぬぐった。それから冷蔵庫にしまった残りからあと二つもってまた居間にもどった。智子に対する涙か務に対する涙か、それとも両方なのかはわからなかった。

 明菜は自分の母親の涙というものは見たことがない。かわいそうなテレビドラマを見て泣いてることはあるけれども大人の涙をそうそう見ることは一般的にはないだろう。ただ職業柄、入院患者のご家族の涙を見ることはあるのだ。だんだん慣れてくるのが成長というものだと言っていいものかどうか悩んだこともある。少し客観的になっていく自分をもう一人の自分が見ている。ただ、それも仕事の上のことだけだったんだなあと今回は思い知った。薄い壁の向こうで自転車の呼び鈴がこだましたのが聞こえた。近い距離にいても全く違う生活をおくってる人が存在するのだ。だけど、同じ苦しみをわかちあいたいと思ってる自分もまた存在していると明菜は美保に伝えたい気持ちでいっぱいになる。が、何もできないで、ただ座っている。
 
 美保は何年もカウンセリングを受けている。「大丈夫です、あの子は根っから悪い子じゃないから」って、先生が言ってくれるのだけが頼りだ。そして、今回は保護司さんという職業の方まであの子の更正に手を貸してくれるものと喜んだのも束の間だったらしい。

「だめだ、保護司さんっていうのはね、ただ定期的に書類を預かるだけの人」
 
 美保はなんとか務を更正させたいので、あれこれ提案してみるのだ。今からでも全然遅くないんだから、資格を取って大学へ行ったらどうだとか、まともな仕事を探すためにハローワークへ行くように勧めたりした。しかし、務は勉強なんてまっぴらだ。まともに働いてちっぽけな給料で生活するよりも生活保護をもらったほうが楽ちんだと人から聞いたうろ覚えの知識をふりかざす。なにか事件を起こして少年院に入れてもらったほうが食うのに困らないとまで言う。退学してからは、見るからによからぬ風体の友達が増えて、美保は気がきじゃない。友達は選ばなきゃだめだって、口を酸っぱくして言い聞かせるが、何の反応も返ってこない。たとえうるさがられようが、家庭内暴力をふるおうが、美保は説得し続けた。犬だって集団の位置関係を理解してるのだから、あの子にはこの家の主ではないことを言い聞かせてるし、親は子の召使ではないことをわからせるべきだと考えている。

「俺は子供じゃないんだ、放っておいてくれ」
と言うのが務の口癖だ。そのくせ、何時に起こせと一人では起きられない。

 親が子に言い聞かせるのに、何の遠慮がいるものかとそのことに関してだけ美保には自信があった。我が身以上に真剣になれる存在があることを、どうやったらこのバカ息子に伝えることができるものか、途方に暮れる毎日だったが。

 夕方から家を出ては夜通し遊んでいる。たまに早く帰ると戸口まで彼女同伴だったりする。さすがに家にはいれなかったのがせめてもの幸いである。美保は玄関先にいる彼女の顔を一瞬見たが、すぐに彼女の方が後ろに引いて隠れた。もちろん、その女の子は挨拶などしない。美保からもしない。務は何かを取りに戻りそのまま、二人でまた出かけてしまった。食べるのか食べないのかわからない、ご飯が残されていた。そうした、いつ家にいるのだかいないのだかの生活が続いていた。が、智子の死は務にも相当応えたようだった。

「務が勝手に父ちゃんを轢き逃げ犯人呼ばわりしてるから、その事故を調べさせたんだよね。智子の問題でもあるから、縁談どころではなくなるでしょう?そしたら、その件は犯人が見つかって落着してたそうで。それがわかったのが智子の死の数日前だった。務が半狂乱になって後悔してた。後悔っていう文字があの子の頭の中にもあったことが初めてわかったのよ。被害者の苗字がたまたま一緒だったってだけで、偽情報を智子に知らせてしまったってことを知らせることができないままだったらしい」

 美保も電話をしたのだが、智子はケータイに出なかった。
「オイラの嘘で、姉ちゃんが死んだって号泣してたくせに、警察には伊藤さんのことを告げ口してるの。他人のせいにしないと気がすまない、どうしようもない子だよ、全く」

「智ちゃんのお父さんが伊藤さんの親族を轢き逃げしたという疑いがあったのですか?伊藤さんが智ちゃんを恨みに思う可能性まであったということ?」

「ううん。そうじゃないよ。智子は思いつめるタイプの子だからいたたまれなくて自殺したんだと思う。務は自分のせいだと思ってるけど、それだけとは思えないけどね。こんな状況になってもまだ、かわいそうで務を責められない。伊藤さんは伊藤さんで、智子のお葬式に来て謝りっぱなしで泣いてた。私にはわけがわからない。あの人が智子を騙していたんだって?信じられない。いい人に見えたよ。亡くなったんだってね」

 こんなことは明菜ちゃんにしか言えない話だけどと前置きをしてから美保がゆっくりと話し出した。つい先日のこと、務が夜中に傷だらけになって家に戻ってきたそうだ。本人は、バイクから転倒しただけだと言ってきかないし、いくら説得しても医者にも行こうとはしない。洋服の上からも出血しているのが見てとれる。美保は、包帯を巻くから見せなさいと服を脱がせると、ただならない打撲と出血で眩暈がしそうになった。その傷は、転倒したときに起こるような一方向からの傷ではなくっていろんな方向からのたくさんの打撲傷であり、美保は事故によるものではないと直感した。でも、息子の身が恐ろしくて警察に届けたり病院に行ったりさせることができなかった。いよいよ、よからぬ事態になったのではないかと、鼓動が激しくなった。務が言うようにうちで処置をして、しばらく寝込んだ。

「その少し後で、あの子が『俺、美容師になるよ』って言うんだよね。なんかうれしくてうれしくて。できそこないだと、ほんの少しまともなことを言うだけで、天にも昇る心地になるんだからおかしいよね。智子の学校生活の記憶なんて、順調すぎるとほとんど覚えてないのに比べて、雲泥の差なのよ」

 その後、務は大人しくしているそうだ。髪は相変わらず金髪だが短くきれいに揃えられて見られなくはないらしい。美容室の担当者とでも仲良くなった気配もある。ヘアーデザインのプロが持ってる本をもらってきたらしくて熱心に見ていることもあるそうだ。

「確かに、お洒落なところがあるから向いてるかもしれません。保護司さんって方の影響もあるのかなあ?」

「また、調子のいい、務に騙されるんじゃないかって。ちょっと自分の心にブレーキをかけてしまうけど。だって何度も期待して、何度も裏切られてるから」

「ううん、ちょっとあちこち聞いてみて、学校だとかお店だとか調べますよ。私も応援しますから」

「本当に、一人で生きてるような顔しててあの子ったら」
と、美保は微笑を浮かべた。
 
 明菜にも希望の光が射し始めた。

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