自粛と不謹慎のあいだ『塔の上のラプンツェル』

2011年03月26日

しんまい華道教授・雪華ちゃんの事件簿 その26

はい、こんばんは。     雪華ホーム



趣味ぶろ 日本の伝統教室ブログランキング

*****
いけばな教室を巡る、悲喜こもごもを会話形式のお話にして綴っていこうというカテゴリをつくりました。どれだけ続けられるかわかりませんが。

これは、フィクションであり、登場人物や環境も全て架空のものです。が、当たらずといえでも、遠からじの逸話もありますので、ご自由に想像してくださいませ。

いけばなをとりまく環境はずいぶん時代とともに変わっています。私は今二つのパターンで、誤解や間違ったイメージにとらわれているんではないかと感じています。私たち世代は、お嫁入り前にお茶やお花を習っているのが当たり前な時代のたぶん、最後の世代だと思います。それ以降生まれの方たちにとっては、まったく未知の世界であるという方がけっこう多いですね。いけばなに対する反応を耳にして、こちらも驚くことが多いですし、いけばなをやっていない方たちとの間のギャップをものすごく感じます。周知のものと勝手に解釈していて、説明することを怠っていたりすることもひとつの要因かと思います。それを少しでも身近なものにできたらいいなあと試みました。そしてもうひとつのパターンです。それは、結婚する前にちょっと嗜んでいたわ、という方々にとってです。いけばなの表現方法は、古典芸能の側面もありますので、こちらの基本的な概念は、そうは変わりません。が、自由な発想を元とする芸術的な面は、相当変化しているはずです。不易と流行はともに必要なことですから、時代とともに進化していくいけばなもまたすばらしいものです。ここを、かつてのものと、リセットしていただく必要があるように感じています。

それらの思いをこめて、楽しいお話にできればいいのですが、・・・小説家でもなんでもありませんから、拙いものになりますが、ぜひ読んでみてください。
*****


<嘘>

 春の終わりごろから、だらだと雨の日が続いていた頃だった。世間では、もう梅雨入りしていると口々に噂しあったあと、ようやく気象庁が梅雨入り宣言をした。

 祐樹の店は、酒屋の部分の儲けが7割ほどであり、コンビニは副業と言ってもいいぐらいの存在だ。最近の売り上げはさらに下降傾向にある。そういう難題さも手伝って、両親はそろそろコンビニの命である、発注を祐樹に任せることにした。チェーン店の本部はなるべくたくさんの品数を納入させようとやっきになっているけれども、在庫をかかえて廃棄処分にしてしまっては死活問題なので、オーナーはどうしても発注にブレーキをかけがちである。

 祐樹の毎日はこれまでよりも、スリリングになった。やりがいも出たが、気苦労が大幅に増えた。

「お兄ちゃん、貧乏くじ引いたね。酒屋のノウハウをしっかり教えてもらった方がいいんだから」
と、妹の麻美が高校から帰ってきて、また塾へ向かう前にコンビ二にやってきた。来年は大学受験だ。

「期限切れパン目当てに、やってきたんだろ。今日はなんと、売り消れだ、オレって天才かも」

「仕入れが足りなかったんじゃないの?」

「お兄ちゃん、素晴らしいって言えないかね」

 麻美は全然聞いている風もなく、つかつかとレジの奥に入っていく。事務所のドアの内側近くにあるダンボールの中を見て、麻美は
「期限切れのー切れたてほやほやのお弁当があるじゃない」
って、床の掃除をしている祐樹に向かって叫ぶ。ストレートヘアの長い髪を右手でかきあげると、右眉の少し上にうっすらと傷がある。ただ以前よりもだいぶ目立たなくなってきたなと祐樹は思っている。

「だめだよ、それはバイトさんにあげるんだから」

「しょーがないな、行くか」
と、麻美は大人しく引き下がった。出口に向かおうとしているときに、50歳くらいで、よれよれの上着を羽織った風采の上がらない様子の男が新聞を手にして店にやったきた。冷蔵庫の裏でジュース類を補充していた、バイトさんの一人である山内さんが、大急ぎで

「いらっしゃいませー」
とレジに駆け寄った。祐樹も雑巾をひとまず、目につかないところに隠して、声をかけた。

 その男は祐樹に近づいて、
「この新聞、さっき買ったんだけど、これって昨日の新聞だよ」
と、言うのだ。

 祐樹は一瞬、昨日のを捨てるのを忘れて陳列棚に置いたままにしてしまったのだなと、そのスポーツ新聞の日付を見た。6月25日だなと確認して、腕時計の日付を見た。同じ日だ。

「今日の新聞ですよ」
と、祐樹は不思議そうに答えた。

「何を言ってるんだ。この記事は昨日読んだ。昨日のに決まってるだろ」
男は恐ろしい形相に変わった。山内さんの目が見開かれている。強気な麻美が

「おじさん、今日は25日でしょ。他の新聞もみんな見てよ、他所のお店のも見て来てください」
とにじり寄った。

「みんな昨日のだ。だます気か?」
男は声をはりあげて妹をにらみつけてから、新聞をレジのカウンターにたたきつけた。「返品だ」と。

 あばれられても困るので、祐樹はさっさと新聞代を返金してこの男を帰した。とっさの判断だ。その男は、130円を受け取ると満足したのか帰っていった。一瞬はりつめた緊張が解けると、3人は顔を寄せて、大笑いをした。

「おかしい人かな?」
と山内さんは、人差し指をこめかみあたりに当てた。山内さんは一番ベテランのバイトさんで、大学生の息子さんが二人もいるお母さんだ。最近ちょっと太り始めて、しきりにダイエットを唱えている。が、掛け声と行動は一致しない。

「今日が二日続いてるんだよ、時をかけるおっさん?」
と麻美も仰天している。

 変な客もときどきいるのだ。怪我をするよりも130円の損害の方が安いと祐樹は安堵した。経験を積む中で忍耐を次第に覚えた。

 そんなことがあった夕方の仕事を終えて、祐樹はその日上がりになった。翌日は休みがとれるシフトだ。

 
 何度も何度も、胸の中でシミュレーションをした念願の智子とのドライブに出かける日がやってきた。

「何度か誘ってくれるのだから一度だけね、ゆっくりと話がしたかったから」
という智子の言葉に祐樹は不安がぬぐえない。一度だけ?でも、今はそれをかき消すぐらい喜びが勝っていた。

 福島駅にほど近い智子の勤める病院まで迎えに行って、一路東へ向かう。相馬から北上して松島へと向かうルートだ。途中、塩釜の魚市場にも寄りたいと考えている。智子は肉よりも魚好きらしいから。海岸線は祐樹のお気に入りのドライブコースである。海の香りをかぐとこんなに安らぐのだから、祐樹の前世はきっと魚に違いないと、本気で思ったりする。また、そうありたいものだと願った。

 牡鹿半島の北側のリアス式海岸やその南側で、親戚のおじさんが暮らす風光明媚な漁港、石巻までは、今回はとても足を伸ばせない。岩手との境、気仙沼の夜景の素晴らしさもいつかきっと智子に見せたいなと思案していた。

 古来、海の聖地として日本を代表するのは日向、伊勢・熊野、鹿島など東に海を望み、海から朝日が昇る地域だ。この東北の海岸も同じ条件だ。宮城県沖合いは親潮と黒潮がぶつかりあい、寒流系の魚類と暖流系の魚類が入り交じるところで、海岸一帯は世界四大漁場のひとつと言われる。漁民を守る海神信仰が厚く、有名な塩釜神社も海の神様が祀られている。人々は海を慈しみ崇め、海からは自然の恵み、海の恵みを頂戴してくらしを立てている。

 美しい海や港町や働き者で実直な人々の暮らしは未来永劫変わらない存在だと祐樹は信じた。

 小学生のときは、いつも夏休みになるとまだ赤ん坊だった頃の妹も含めて家族4人で、石巻に何度も遊びに行った。陽に焼けた祐樹のおじさんは、娘一人しかいないこともあって、祐樹を息子のようにかわいがってくれた。町の人たちも少々荒っぽいが気さくに祐樹の家族を受け入れた。近所の人たちが大勢集まってバーベキューをやったりもした。釣りを教えてもらったり漁船に乗せてもらったり、新鮮な魚を食べたりする楽しさを覚えたのはおじさんのおかげだ。最近、行ってないなと懐かしくなった。

 太平洋は朝日を受けてきらきらと輝いていた。二人を乗せたライトバンも明るい光に満たされていた。まだ、朝早いこともあって、行き交う車は少なく、快調に飛ばしている。道路はどこまでも果てしなく続いているかに見えた。智子は看護師姿の凛とした風情ではなく、声を一オクターブ高めて上機嫌だ。

「尾形さんのことをちょっと誤解してました。失礼な応対だった気がしていて、すみませんって言いたかったんです。弟のことも、全くもってあの子が悪いの。なんとかちゃんと償わせたいと思ってるから。妹さんには、どうかよろしく伝えてほしいの」
と、智子は急に神妙な態度になった。

「妹の件は、思ったより大した怪我じゃなかった。それよりオレ、みどり……みどりさんにストーカーって言われてて参るよ」

 智子が大きな笑い声をあげた。運転席からちらっと見る智子の横顔は、お日様と同じくらいにまぶしかった。東から射す陽の光を浴びているからだろう。祐樹の気分は爽快で、ずーっと運転しててもいいなと思った。

 道は何度も運転しいる見知った風景だ。それが、今日は真新しく生まれ変わったように違って見える。

 智子は、海の深い群青色が好きで魚が好きで花が好きで一人で散歩をすることが好きな話を聞いた。変なのは、しいたけの足の部分がこりこりしていて好きならしい。好きな話を語っているときの智子の表情が祐樹は好きだ。

 一日中、二人は笑いあって過ごした。その帰路の車内だ。

「信頼できそうだから話すけど、まだ内緒よ。私伊藤さんとおつきあいをしていて、結婚したいと思ってるの。でも、男心ってわからないことばかりで。一人でいろんなことを考えてしまう、どっちかというと悪い憶測ばかり。教えてほしいことがあるの」

「えー、聞きたくない。女心はもっとわからない。みどりとの噂も知ってる。なんでそんなにもてるんだ?アイツ」
祐樹のハンドルを握る手に力が入る。みどりにしとけよ、と心の中でつぶやく。

「それは、みどりさんの一方通行だったようよ」

「えー、携帯の待ちうけ画面は子供の写真だ、絶対怪しい。かかわらない方がいいって。自分の子供だろ、それ以外考えられない。得体の知れない奴だよ」
急に手が汗でじっとりとしてきた。まずいよ、まずい空気が車内を漂っていると思い、ラジオのスイッチをオンにした。

「尾形さんは優しい人だと思ったのに、その言い方は無いと思う」

 こんなに側にいるのに祐樹の耳には智子の言葉がはるか遠くからのささやき程度にしか届かなくなった。やっぱり、ラジオを切ってみたりしたが、どうやらそのせいでもなさそうだ。智子の声は細い細い針となって心臓を貫く。

 祐樹は必死で智子を伊藤からはらいのけたかった。怪しいかどうかは祐樹の嫉妬だが、写真の話は本当だ。病院の駐車場で少しだけ伊藤さんと祐樹は立ち話をしたことがあるのだ。実にそっけない奴でいい印象はない。仕事の打ち合わせのような電話がかかってきたときに、ケータイの写真を見たことがあったから。そのときに、誰それって何気なく聞いたが、別にとしか、伊藤さんは言わなかった。

 次の瞬間、お日様は厚い灰色の雲に隠れたのをはっきりと祐樹は見た。

トラックバックURL

コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
自粛と不謹慎のあいだ『塔の上のラプンツェル』