桃はふっくらとした蕾が一番春の気分とともに、きた鼻のムズムズ

2011年02月25日

しんまい華道教授・雪華ちゃんの事件簿 その25

はい、こんばんは。     雪華ホーム



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いけばな教室を巡る、悲喜こもごもを会話形式のお話にして綴っていこうというカテゴリをつくりました。どれだけ続けられるかわかりませんが。

これは、フィクションであり、登場人物や環境も全て架空のものです。が、当たらずといえでも、遠からじの逸話もありますので、ご自由に想像してくださいませ。

いけばなをとりまく環境はずいぶん時代とともに変わっています。私は今二つのパターンで、誤解や間違ったイメージにとらわれているんではないかと感じています。私たち世代は、お嫁入り前にお茶やお花を習っているのが当たり前な時代のたぶん、最後の世代だと思います。それ以降生まれの方たちにとっては、まったく未知の世界であるという方がけっこう多いですね。いけばなに対する反応を耳にして、こちらも驚くことが多いですし、いけばなをやっていない方たちとの間のギャップをものすごく感じます。周知のものと勝手に解釈していて、説明することを怠っていたりすることもひとつの要因かと思います。それを少しでも身近なものにできたらいいなあと試みました。そしてもうひとつのパターンです。それは、結婚する前にちょっと嗜んでいたわ、という方々にとってです。いけばなの表現方法は、古典芸能の側面もありますので、こちらの基本的な概念は、そうは変わりません。が、自由な発想を元とする芸術的な面は、相当変化しているはずです。不易と流行はともに必要なことですから、時代とともに進化していくいけばなもまたすばらしいものです。ここを、かつてのものと、リセットしていただく必要があるように感じています。

それらの思いをこめて、楽しいお話にできればいいのですが、・・・小説家でもなんでもありませんから、拙いものになりますが、ぜひ読んでみてください。
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<イベント>のつづき

 30歳前後だろうか、グレーのシックなシャツと黒のパンツスタイル姿で、カメラをいけばなに向けて立っている女性の顔を、横目で雪華ちゃんは見上げていた。背が高いのである、靴のヒールのせいもあるが170センチ近いんではないかと推察している。背が高いといけばなを見る角度が随分違うだろうなと、少し気に懸かった。

 先生は、支部の仕事があるからまた後でくると小声で話しかけた。良かったわね、という意味合いだろう雪華ちゃんに目くばせをした後、見知らぬお客さんに向かって、

「ごゆっくり、ご観覧くださいね。将来有望な若手ががんばってますのよ」
と声をかけから一礼をして、ゆっくりと背中を向けた。

 そろそろ開場の時間となり、出品者の友人や父兄などで会場が賑わい始めた。入り口の合同作は、たくさんの数のグロリオーサリリーの派手な黄色や赤色で来場者を迎えた。それぞれの個人の作品は、各々の個性と好みを反映しながらも、流派としての凛とした慎ましさや粋な美感などの統一感もあった。花材も豊富で菊や出始めたコスモスやわずかな紅葉を見せた枝ものや、実物で、初秋の彩りを競っている。香しい空気と、人の熱気が混ざり合って場は一層華やいできた。

 雪華ちゃんは、最後に水を器のぎりぎりにまで注いだ。彼女は他の人の写真も何枚か撮り終えてから、また戻ってきた。ひとしきり雪華ちゃんの作品を感心してから、
「どの作品もいけばなって、やっぱりいいですね。心が洗われるようだもの。思い切って来てみて良かったです」

「鏡みたいなものかもしれませんよ。あなたの今の心を映しているのかも」
と多少の謙遜と、いや真理かもしれぬとも感じる。

鏡で思い出したように、自分の洋服を見下ろして
「なんだか私、仕事着のような格好で来てしまって」
と彼女は恐縮している。

「そんなこと無いです。颯爽としていて、足が長くって格好いいなあって見とれていました」
何人かが着物姿であることから、きっと気にしたのであろうと雪華ちゃんは気遣った。

「そうそう申し遅れました。私、ラビッツに勤めていました伊藤舞です」

「あなたが、あの美容師さん。初めまして」
と、ようやく口から発したものの、目は白黒となり心臓が高鳴るのを抑えられない雪華ちゃんだ。そのことを気取られないかとびくびくした。 

 自分が倒れこみそうになるのをごまかすために、時間がよければイスに腰掛けませんか?と雪華ちゃんは彼女をイスの方へと促した。話を聞いてみると、今月から仙台の実家の近くに引っ越すことになっているのだそうだ。これは、ラビッツで聞いてきた話と合致する。このミニ花展のことは、風変わりな仙台からのお客さんが来たのだと、きっと噂にのぼったのだろう。

 その後の話は驚きでしばらく声も出せない。3年前に夫を交通事故で亡くし、その直後に娘である唯を出産したのだそうだ。3年前の交通事故って何のことだろう?初対面の雪華ちゃんに嘘をつく必要もないだろうから、事実なのか。この伊藤さんはあの事件の伊藤さんと関係のない赤の他人だったんではないだろうか、また、早とちりをしでかしたのかと、うろたえた。

 夫を失った憔悴と無我夢中の子育てとであっといういう間の日々だったと語る舞さんの横顔を食い入るように雪華ちゃんは見つめていた。ここ最近も実はたいへんな状況だったそうが、半年も前から美容室候補の物件を探し回り、周到に準備していたことだった。ただ、あとに義理の両親を残して引っ越すことは罪悪感も感じているのだそうだ。義理の弟が事件に巻き込まれたらしい。そのことに関しては、はばかられるのか、多くは語らなかった。が、義理の弟というのが、雪華ちゃんの探索の正に当人であり、丸山さんから昨日聞いた自殺のことを指すのではないかと想像して聞いた。やはり、関係者ではあると確信をもった。

 舞さんは、雪華ちゃんの強い視線を気に留める様子もなく、仙台に行ったら少しは余裕をもって人生をやり直したいと思えるようになったのだと、すっきりとした表情で語った。仕事ばっかりではなくって、いけばなを習いたいのだそうだ。ちょうどいい機会と思って今日は様子を見にきたところ、すっかり気にいったらしい。初めての自分のお店にもいけばなを飾れるようになるのが夢だと、目を輝かせている。雪華ちゃんには思いもよらぬうれしい出会いである。

 今はただその喜びよりも、警察官の手帳でもあれば、ストレートに聞きたいことが質問できるのにと歯がゆかった。舞さんの夫は伊藤大二郎ではない。伊藤さんには兄弟はいないと智子さんが聞かされていたのは、死んでもういないという意味だったのか。二という名前が気になっていたように、やはり長男が存在したのだ。

 こんなに若くて、幼い子を育てながら一人生きていくことはどんなに心細いことだろうかと、舞さんを見つめる。それなのに、背筋をピンと伸ばして言葉を慎重に選びながらもきっぱりとした清清しさで過去や現状を語ることができる舞さんの芯の強さはどこからくるのだろうかと雪華ちゃんには信じられない。新しい希望に向かっているのがひしひしと感じられる。

「娘さんがいて良かったですね」

「健一郎さんも……あの死んだ主人ですけど、娘の顔を見るのを本当に楽しみにしていました。でもそのちびを相手に私って本気で喧嘩してるときもあるんですよ」
と言って舞さんは大きな声で笑った。笑うと親しみやすい細い目になる。

 お兄さんは健一郎、弟は大二郎と納得した。景子さんはすっかり誤解している。雪華ちゃんたちも全く誤った推測をしていたことにショックを覚えた。

 大きなガラス窓からロビーにさす陽の光は強くて、冷房の効いた室内を汗ばむほどに熱していた。異常気象か、ヒートアイランド現象によるものなのか、9月は秋とは名ばかりだ。

 出入り口の自動ドアが開かれる音とともに、姦しいおしゃべりや歓声と近づいてくる数人の靴音が重なり響いた。

「雪華センセ、おまたせー」
というひときわ大きな声の丸山さんとこんにちわと口々に発する景子さん、かれんちゃん、一条さん、サミール君、洋子さんの六人の生徒さんたちの登場である。

「先生、プライベートジェットで一っとび」とかれんちゃんが頬を上気させて叫んでいる。ね、と上目使いにサミール君を見る。かれんちゃんがサミール君に恋心を抱いているのではないかと雪華ちゃんは直感したが、それはまずいよ、おやめなさいって心の中でつぶやいた。

「景子さん、超セレブだよね」
と、彼は適当に答える。視線はもちろん景子さんに釘付けである。

 意味が飲み込めていない雪華ちゃんを察して
「庶民には理解できないわねー。後でゆっくり説明したげる」
と得意満面の丸山さんだ。お気に入りの帽子と手に日傘を持っている。

「サミール君の実家にはヘリがあるんですもの」
と景子さんは別に驚かない風である。景子さんは色白の肌が輝き、ますます美しくなったように見受けられる。

「先生の作品、どれ?」
と一条さんは会場に入るなり、皆から遅れてなめるように会場全体を見回していた。いけばなそのものに一番興味を持っているのは彼女だろうなと雪華ちゃんは再確認する。

「華やかねえ」
とうっとり顔の洋子さんもいる。洋子さんの洋服も相当華やかである。明るい薄紫のスーツのスカートはフレアがかっていてくるぶしほどの長さだ。

 
 雪華ちゃんの隣でイスに腰掛けている女性の顔が明らかになるぐらいに近づいたとき、景子さんの顔がみるみる蒼白になった。
「なぜ?あの人が」

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