年末ジャンボ…Yuvvraaj

2010年12月09日

しんまい華道教授・雪華ちゃんの事件簿 その20

はい、こんにちは。     雪華ホーム

  

趣味ぶろ 日本の伝統教室ブログランキング

*****
いけばな教室を巡る、悲喜こもごもを会話形式のお話にして綴っていこうというカテゴリをつくりました。どれだけ続けられるかわかりませんが。

これは、フィクションであり、登場人物や環境も全て架空のものです。が、当たらずといえでも、遠からじの逸話もありますので、ご自由に想像してくださいませ。

いけばなをとりまく環境はずいぶん時代とともに変わっています。私は今二つのパターンで、誤解や間違ったイメージにとらわれているんではないかと感じています。私たち世代は、お嫁入り前にお茶やお花を習っているのが当たり前な時代のたぶん、最後の世代だと思います。それ以降生まれの方たちにとっては、まったく未知の世界であるという方がけっこう多いですね。いけばなに対する反応を耳にして、こちらも驚くことが多いですし、いけばなをやっていない方たちとの間のギャップをものすごく感じます。周知のものと勝手に解釈していて、説明することを怠っていたりすることもひとつの要因かと思います。それを少しでも身近なものにできたらいいなあと試みました。そしてもうひとつのパターンです。それは、結婚する前にちょっと嗜んでいたわ、という方々にとってです。いけばなの表現方法は、古典芸能の側面もありますので、こちらの基本的な概念は、そうは変わりません。が、自由な発想を元とする芸術的な面は、相当変化しているはずです。不易と流行はともに必要なことですから、時代とともに進化していくいけばなもまたすばらしいものです。ここを、かつてのものと、リセットしていただく必要があるように感じています。

それらの思いをこめて、楽しいお話にできればいいのですが、・・・小説家でもなんでもありませんから、拙いものになりますが、ぜひ読んでみてください。
*****


<痛み>のつづき

「いつも世話をする側なんですけど」
と苦笑いをしながら、明菜ちゃんがベッドに腰掛ける。

「入院患者の気持ちがわかって勉強になるかも。可哀相に痛い授業料だけどね」
と、雪華ちゃんはふとんを開けて寝るようにうながす。

「薬飲んでシップ貼って明日は準夜勤ですから」

「たいへんなお仕事ね。偉いわ」

「あの、あの聞いてみたかったんですが、家元のスキャンダルとか」
明菜ちゃんの目が見開かれた。痛み止めが効いてきたようで余裕ができた。

「あはは。よく聞かれる。けど全然知らん。だって、想像してみてよ。こっちは、水呑み百姓の娘なわけ。それが、城主のお殿様と対面する機会があると思う?お姫様は、別世界の住人よ。ただね、自分の師匠である親先生とのつながりは深いし、敬っていることは確か。こうゆう経験は貴重だと思ってる」

「へーそうなんですか。そんなもんなんですね。では家元制度には肯定的?」

「いけばなをやれるチャンスをくれたのは、何はともあれその制度のおかげだわね、それは感謝してる。でも明菜ちゃんには、ぶっちゃけた話をするわ、疑問も不満もあるわね。ただ、世の中になんであれ、100%是だと思えることってあるとも思えないし。批判の無いところに進歩はないはず」

「うちも東京の叔母が、いけばなをやっていますから、花展に行ったことがありますよ。東京って、やっぱり人がすごいですね。たまたま偉い先生が現れるっていう場面で、私なんか一般人まで、そこどいてくださーい、とか言われて背中をおされて邪険にされたんです。お年寄りがいっぱい群がっていて、作品が近くで見れないし。あれってお殿様かお姫様だったのかなあ」

「それは、申し訳なかったわねー、そういうところあるかも、反省材料です。いけばな人口がハンパじゃないほど多かった時代は、仲間内だけの内向き志向ですんだのよ。栄華極まると後は下る一方ね、下りきったどこかで、でもきっと這い上がる力はあると信じてる。そうやって、550年の歴史を紡いできたはずだから、浮き沈みが無いわけがないですもん。私が生きてる間に間に合うといいけどな、私はそれを心配してるちっちゃい奴ですわ……」

「あと、精神論はともかく、お金の問題がシビアね。教える生徒さんがいないとか、景気がこう落ち込んでいると、習い事にかける費用もバカにならない世の中でしょう?本来教える力のある先生たちが他の主たる仕事の関係で教えるつもりはない人もたくさんいるわけよ、現在、華道は道楽だもの。明治から昭和ぐらいまでは違ったのよ、仕事として成り立ったから。先生層が一部のお金持ちを除いて会費を払い続ける意味やモチベーションを高める秘策がない。中央の先生達は、家元から私企業のように給料をもらっているかもしれないけれども、そうでない大多数が、家元の名前で恩恵を受けることがめっきり減ってしまった現状ですもんね。この悲惨な現状を知ってか知らずか、遠くからながめてみるにつけ、内輪のお金の争奪戦に終始していて、会員をお客さんにしてるように見える。外の世界に目を向けるべきだし、新規開拓をして会員に配るぐらいのことをしろって過激な意見もあるのに。私は広告宣伝費をかけろといつも思ってるし、訴える機会を待ってるけど、ありえないわな。地元の多くの先生達が個人で、それこそどれくらい、お付き合いや広告にお金をかけているかしれたものじゃない。なぜ、中央がそれをしない?おんぶにだっこか?でも決して安売りをしてはいけないとは思うのよ。ブランド力を落とすだけで、それで人目を引いたとしても本物の意味を追求する生徒さんには育たなくって、結局終わることになりはしないか、さらに少数のよくわかった人々には幻滅される。難しいのは承知だけど、流派の家元っていうのが200も300もあるらしいから、宣言すれば家元になるような小さな組織じゃないのね、私の所属しているところは、それだけに意味が大きいと思うわけよ……」

「風通しがよくないところに、新しい風は吹き込まないんじゃないだろうか。お上からもらえるアイデアだけをただ待ってるのが平和なのかな?なんて、ね。下々もいろいろ思うわけよ。単なる古典芸能になって博物館送りになるのか、今を生きる文化たりえるのかは、断言してしまうけど大多数の下々が担ってるはずでしょう……」

「あーしゃべりすぎたわ」
雪華ちゃんは、あくびをした。そして、ペットボトルのお水を飲んだ。。

「武士だって、禄がなきゃついてきませんよ」

「武士は食わねど高楊枝、がどれくらいもつかという消耗戦にならないことを祈るわ。忍耐も命にも限りがある。ただ、大人一人の興味をこんなにも長く引き付ける魅力がいけばなには本当にあるような気がしているのよね。探してもいるところ。大事な部分はもちろんこっち」

「なんか、そう言われると知りたいです」

「それを知るのが道……簡単にはいかないのよね」

「もったいぶってるー」

「いやいや、人それぞれでいいんじゃないかと。まだ、私もよくはわからない。ああ、お母さんが来られたかな」
とノックの後、ドアが開いた。


 かつてのみどりは相当いらだっていた。情緒が不安定だった。でも今春が来ようとしているからその日々を冷静に振り返ることができる。たまに実家に帰ると結婚はまだか、何とかっていうお見合いシステムに加入してくれないか?と母はうるさく問いただすのだ。でも、もう少し待ってと制した。

 あれをして、これをしてと頼めばなんでも伊藤さんはしてくれた。でも、それは本当のつきあいと呼べるものではなかったのだ。一方的な想いだった。でも認めたくなくって、画策を随分労したものだ。そしてやればやるほど、自己嫌悪に陥るという繰り返しの日々だった。

 深夜にケータイを鳴らしては、長電話をよくしたものだ。向こうからはかかってこない電話をいつもかける側は不安で仕方が無い。不安なのに、現実を見ようとはしない。優しい言葉をかけてもらいたくてただ、駄々っ子のように甘えるだけ。なんて情けない人間になったのだろうかと落ち込む。睡眠不足が続き悪夢のように思えた。ところが、翌日伊藤さんの爽やかな笑顔を見てしまうと、この世界はあっという間に光が差し込み、自分の一方的な考えは正しいと思えた。

 また、微笑んでもらいたくて、振り向いてもらいたくて、伊藤さんが面白がるかもしれない話題をたくさん集めたりした。

「ふーん」
としか、反応が無いと一日は真っ暗闇になる。期待が大きすぎるのだろう。

「自分がすっごく好きで好きで仕方が無い状況と、これ以上にないというほど愛される状況と、どっちが幸せだと思う?」
みどりは、愛されることに飢えていたから答えはだんだんと後者に傾きつつあった。伊藤さんは、

「どっちか片一方っていうのは、どうなの?」
と質問を質問で返すことが多くて、ますますイライラしてくる。でも、伊藤さんは、迷惑だからケータイを切る、とか、もう関わりあうのはよしてくれ、などと強いことは言わないのだ。それが、またみどりにあらぬ期待をかけさせることになるし、宙ぶらりん状態の生き地獄と感じられた。

 伊藤さんの役に立てる状態になることができない。すでに拒否されているということに目覚めるのになんでああも時間がかかったのだろう。ある日、伊藤さんの智子を見つめる目が自分へ向けられるものとは全く違うことに気付いた。

 みどりは、智子とそんなに険悪な仲であるとは少しも思っていなかった。厳しい指導のやり方が智子に重圧をかけていたとはだいぶ後になるまで知らなかった。だって、間違ったら命にかかわることなのだから、と今でも弁解したい気持ちだ。人の気持ちを察することが、自分にはできないのだろうかと深く悩んだ。その悩みを他人には明かせない性格だ。だから、気の強い女だと思われているのだろうなと、みどりは感じている。

 病棟の夜はとても早い。消灯時間が決まっているのに、比較的病状の軽い患者さんどうしはおしゃべりに夢中で、灯りを消さないことがたまにある。

「消灯!」
とだけ言って、病室をまわって照明を消すことがあった。規則だから、守ってもらわないと困るのだ。仕事はまだまだ山積みなのだから、十分だろうと思っていた。そのあと、なぜか智子が小さな声で

「早くて、すみませんね。いろんな患者さんがいらっしゃいますから」
今みどりが出てきた病室で、言い訳をしているのを見たことがあった。

「いろんな看護師さんもいるようね」
「びっくりしたわ、いきなりだもんね」
と聴こえよがしな声と笑い声がもれた。どうせ、また自分への悪口にきまってると、みどりはナースステーションに急いだ。

「とても有能な看護師ですから、みなさんはラッキー。私は頼りっぱなしなんです。足りないところはなんとか補いますから、よろしくお願いしますね、おやすみなさい」
と、智子がしめくくった話はみどりには聞こえなかった。

 智子は本当に調子がいいのだ。患者さん受けが良い。そのくせ、みどりは残業して智子の仕事の手伝いをするはめになったことが何度あっただろう。みどりは、新人の頃にだって、物覚えがよくて先輩に迷惑などかけたことが無かったのだ。仕事ができることを誇りにしてきた。ドクターからも信頼が厚いことを日々感じている。それをやっかむ看護師も多いぐらいだ。こなしている仕事の量をみてみなさいよ、と売られた喧嘩ならいつでも買う用意がある。とんがった考えは視野をますます狭めることになった。

 みどりの表情が硬くなるのは、これ以上の悲しみを感じたくないから。鎧をまとうのは、やわな心に踏み込まれたくないせいだ。傷を負った心はますます悪循環に陥る。後輩と笑いあって友達になれないのはやっぱり逃げていたのだろうか。みどりに無いものが智子にはある。伊藤さんにはあの見え透いた要領の良さがいいのか?信じられない。かわいいのが得なのか?それが悲しくてやりきれなかったものだ。

 でも、妬んでいるだけでは何も変わらない、自分が変わらなきゃと意識した。必要だとは思えなかったコミュニケーションもなるべくとるように努力してみた。相手に心を開いてもらうには自分から開くのだ。笑ってもらいたければ自分から笑うんだと、当たり前のことを実践してみた。そうしているうちに、逆も考えることができるようになった。智子に無いものがみどりにもあることを。好みは人それぞれなんだから仕方がないというあきらめ方を。そして終に乗り越えた。数ヶ月が過ぎていた。

 智子と結局最後に会ったときに受け取った封筒の底には、何か硬い金属のようなものが指先に触れた。そのときは、別段気にもとめずに、言われたように伊藤さんに渡した。

「智子のことを大事にしてね」
と、とっくに感じていた敗北宣言を今更のように話した。

 バツの悪そうなそぶりの伊藤さんは、封筒の中をごそごそ確かめながら、メモのような小さな紙切れを見てから、少し様子が変わったように見えた。みどりは検温のために病室を回らなければならなかったので、その後はわからない。

 伊藤さんに容疑がかかって、それから急に思い出した。あれは、鍵だったのではないか?

sekkadesu at 16:39│Comments(0)TrackBack(0)

トラックバックURL

コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
年末ジャンボ…Yuvvraaj