紅葉狩りますます期待のボリウッド

2010年11月18日

しんまい華道教授・雪華ちゃんの事件簿 その18

はい、こんにちは。     雪華ホーム



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いけばな教室を巡る、悲喜こもごもを会話形式のお話にして綴っていこうというカテゴリをつくりました。どれだけ続けられるかわかりませんが。

これは、フィクションであり、登場人物や環境も全て架空のものです。が、当たらずといえでも、遠からじの逸話もありますので、ご自由に想像してくださいませ。

いけばなをとりまく環境はずいぶん時代とともに変わっています。私は今二つのパターンで、誤解や間違ったイメージにとらわれているんではないかと感じています。私たち世代は、お嫁入り前にお茶やお花を習っているのが当たり前な時代のたぶん、最後の世代だと思います。それ以降生まれの方たちにとっては、まったく未知の世界であるという方がけっこう多いですね。いけばなに対する反応を耳にして、こちらも驚くことが多いですし、いけばなをやっていない方たちとの間のギャップをものすごく感じます。周知のものと勝手に解釈していて、説明することを怠っていたりすることもひとつの要因かと思います。それを少しでも身近なものにできたらいいなあと試みました。そしてもうひとつのパターンです。それは、結婚する前にちょっと嗜んでいたわ、という方々にとってです。いけばなの表現方法は、古典芸能の側面もありますので、こちらの基本的な概念は、そうは変わりません。が、自由な発想を元とする芸術的な面は、相当変化しているはずです。不易と流行はともに必要なことですから、時代とともに進化していくいけばなもまたすばらしいものです。ここを、かつてのものと、リセットしていただく必要があるように感じています。

それらの思いをこめて、楽しいお話にできればいいのですが、・・・小説家でもなんでもありませんから、拙いものになりますが、ぜひ読んでみてください。
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<探偵会議>のつづき

 天気予報通り夕方からうっとおしい天気だった。お稽古が終わる時間になるにつれて、室内からも雨音が聞こえるようになってきた。景子は犯人宛て談義が切りの良さそうな終わり方をみせた頃、大きなサッシ窓を見つめた。そこには、智子の顔が映しだされる。窓ガラスをつたう雨が真っ赤な血の色になり、智子の顔にまだら模様を作るように見えるのだ。智子の無念を思うとともに、景子の背筋にも雨のしずくが伝わったかのように寒くなった。

 景子は先生に許しを得てその窓を開けてみると、からからの猛暑を取り戻そうというような勢いの激しい雨だった。風で、雨が吹きこんでくるので、あわてて開けた扉を元に戻した。雨は案外、人の行動を制限するものだ。閉じこもっていろ!という警告のように感じた。こんな日に限って雨とは、ついてないなあと眉間に皺を寄せた。

 帰り支度を始めると先生は、タクシーを呼ぼうかと聞いてくれた。が、景子たちは駅前にいるタクシーを拾った方が早いのでと断った。

「駅まで3、4分だから、地下鉄でも平気よ。景子さんのマンションだって、駅から近いんでしょう?楽しみだわあ」
と明菜ちゃんは雨のことなど、気にもしていない様子だった。童顔の彼女は、流行のひらひらしたチュニックがよく似合っている。

 立ち位置の関係で明菜ちゃんはエレベーターから他の人を送り出すために<開>と書かれたボタンを押していた。最後にエレベーターを出てから彼女が折り畳み傘をバックの底から取り出すのに手間取っていた。丸山さんは、この雨の中、自転車を器用に操りながら、お先に、といち早く帰って行った。明菜ちゃんはサミエル君と景子が並んで歩く少し後ろから傘を開いたのを景子は確認した。時折吹く風にあおられ、雨粒が肩をぬらすのを感じた。

「寒気がするわ、風邪でもひいたのかしら?」
サミエル君は、まだ半そで姿で、そうかな?という顔をした。

お稽古場であるマンションの角を左に曲がり、小さな路地から、最初の大通りに出たそのときだった。

 先を行く二人に追いつこうとした明菜ちゃんの後方が急に明るく感じたかと思ったので車かなと景子は振り返った。明菜ちゃんもとっさに振り返り、車とは反対側の道路左隅に寄ろうとしていた。だが間にあわず、車はゆるゆしたスピードであったが明菜ちゃんを突き飛ばした。

「うっ」
という低いうめき声だけで、体を丸めて道路脇に倒れた。傘が風に飛ばされてサミエル君の傍まで転がった。車は何事も無かったかのように、ブレーキもかけずにどちらかというとスピードを上げて走り去った。景子の悲鳴が激しい雨音にかぶさった。

 サミエル君は明菜ちゃんの傘を拾い上げながら、
「グレーのライトバン、あー、ナンバーまでは見えない!」
彼は暗闇と雨のカーテンの先に走り去る車を目で追った。それから景子に、携帯で救急車と警察を呼ぶように命じる。店の閉じた理髪店の軒先は、いくらか地面が濡れないですむところが残っていたので、ほんの少し明菜ちゃんを移動させた。彼は再び先生のマンション一階にある呼び出しインターフォンを鳴らすために踵を返した。すぐに、血相を変えた先生が現れた。傘も持っていなくて、ちょうど、サミエル君が持っている明菜ちゃんの傘を借りてさした。

「救急車は、5分で来るそうです!」
景子は、どうしよう、私のせいだわといたたまれない気持ちになっていた。智子に続き今、明菜ちゃんまで目の前で亡くなるとしたら、もう耐えられないと思いつめた表情だ。

 明菜ちゃんは地面に寝かされて寒いだろうと思った。でもこれ以上動かさない方がいいのではという皆の意見だ。軒先の屋根はとても狭いのでどうしても明菜ちゃんに雨がかかるのだ。時折、風も意地悪に吹き込んでくる。3人の傘で明菜ちゃんを覆って、自分達は濡れながら待った。外傷は特にあるようには見えない。さっきまでの明菜ちゃんとなんら変わり無さそうな無邪気な寝顔に見える。でも、油断はならないとも思う。だいぶ前のテレビで、バイク事故で横転した被害者についての番組を見たことを思い出しているからだ。表面に傷が無くても、硬い頭蓋骨の中で脳はもともと豆腐のように柔らかいもので、それが強い衝撃により、ぐにゃぐにゃになり亡くなることがあるということを。いやいや、死にはしない、そんなことあるはずがないと根拠の無い願いのようなものを胸の中にいっぱいためこんだ。それにしても、交通事故など起こしたことも起こされた経験も無い景子だったが、警察の手続きとかはどうなるのだろう?犯人は逃げてしまっているし、捕まえることはできるのだろうか?腹立たしさと心配と恐怖は極限に達していただろう。景子は長い時間に思えた。

 救急車が到着してからは、市立病院がすぐ近くだったためあっという間に病院に運ばれた。救急車は、なぜかひどく揺れる代物なのだと初めて同乗してみてわかった。担架で寝かされている当人以外の者はバスのように横向きのシートで座り心地が悪いのだ。その間に明菜ちゃんの携帯が鳴ったものだから、景子は少し躊躇したが、先生が目で促したこともあって出てみた。メールだった。みどりさんからのもので、研修医の佐々木先生が食中毒で倒れたというのだ。あの病院はいったいどうなっているのだと、景子は少し気持ち悪くなった。が、そのメールの返信に、明菜ちゃんの交通事故をご両親に知らせてほしいと打った。

 3人で病院の待合室にある長いすに並んで腰をかけた。無言だった。しばらくして、明菜ちゃんはたいしたけがではなかったことがわかってから、緊張の糸がようやくほぐれた。モノクロの景色がカラーになった。軽い臀部の打撲と強いショックで意識を失っただけだったらしい。

「それにしてもこれは、偶然?」
サミエル君が景子の不安を代弁した。

「いてて……みなさん、ごめんなさい」
とへっぴり腰の変な歩き方で、明菜ちゃんが現れた。用心のために病院で一泊だけすることにしたそうだ。

「とんだパジャマパーティになってしまって、ごめんね。痛かったでしょう。怖かったでしょう」
と、明菜ちゃんに駆け寄り景子も謝った。皆も集まって、ほっとした表情だ。

「亘理からお母さんが車で来られるまで私がここにいるから、二人は帰った方がいいわ。もう夜も遅いし。風邪引くといけないし。それから念のため、ご迷惑ついでにすみませんが、サミエル君、景子さんのマンションまで送ってあげてください」
と先生は、言い終わるか終わらないところで、大きくくしゃみをした。先生が一番体が弱いかも、と景子は一瞬思ったものだが、甘えることにした。あと、30分はかからないだろう。

「さあ、明菜ちゃんの病室でいけばな教室の勧誘でもしますわ、あはは」
と笑う先生の声を聞きながら、引き上げた。


 タクシーのフロントガラスをワイパーが規則正しく揺れている。初めて聞く音のようにじっと耳を澄ましていた。

 行き先が近そうなこともあって二人ともその後終始無口だった。最後に
「景子さんのマンションって、ここ?何階?」
と車窓から聳え立つタワーを見上げ、サミエル君は目を細めた。

「全然気付かなかった。僕と同じビルに住んでいたんだ」

 景子も驚きでいっぱいだった。
「ほんとに部屋の前まで送っていただいて、有難うございました。少し心細かったですから、助かりました。おやすみなさい」
最上階の景子の部屋から今来た廊下を戻るサミエル君を見送った。彼は、27階らしい。

 智子の死から、明菜ちゃんの交通事故、おまけに佐々木先生の食中毒、次々と起こる事柄は関連があるのか無いのかわからない景子だった。でも、確信をもって言えるのは今日のサミエル君の冷静な態度、頼りがいのある行動だろう。不気味な事故のあとの冷気と、サミエル君のもっている暖かい空気が、コーヒーの中でとろけるミルクのように、景子の心にしみこもうとしているのを感じる。部屋の前まで送ってもらってお茶でもどうぞというのが、礼儀だったろうか?とも考えてみる。でも、女性の一人暮らしの部屋にそれほどの仲ではないのだから、かえって紳士に失礼だろうと思い直した。誤解されるのが落ちだろうとも思う。誤解ってなに?このドキドキとした心臓の鼓動はなに?

 ふわふわした心持が浮かんでは消える。でもサミエル君と一緒にいてもオートロックの自動扉の開閉前には、後ろを振り返って怪しい人物などがいないかを確認した。今まではそんなことを気にもしなかったのに。探偵ごっこなどに、首を突っ込んだため何やら怪しげな世界に踏み込んでしまったのだろうか。濡れた上着をハンガーにかけ、最初部屋着に着替えようとしたが、やっぱりそのままお風呂に直行しようとスイッチを入れた。ごろごろっとお湯の満たされる音を聞きながら、キッチンに向かう。冷えた麦茶をコップに勢いよく注いで一気に飲んだ。明菜ちゃんにカレーでもご馳走しようと思って、作っておいた鍋が冷蔵庫に入っている。ご飯はタイマーで炊けているので、その匂いがいくらか香ってくる。が、どちらもそのまま手はつけない。それから、また浴室に戻りのろのろとした動作で衣服を剥ぎ取った。

 ミストを発生させることができる広い浴室だ。ベランダに向かって大きな窓がついているので、普段なら美しい夜景が見える。景子は寝そべりながらゆったりつかれる、バスタブに体を沈めて軽く目を閉じた。

 霧がたちこめている。湿気がほどよく感じる。暖かい。

 しばらくしてから目を開き、凝らしても凝らしても、前がよく見えないのだ。やがて霧がすこしづつ薄くなり、向こう側の景色がうっすらと見えてくるようになった。するとどうだろう、真っ青な空が見えるではないか。霧が嘘のように思え、自分が小高い丘の上にポツンと一人いるのがわかった。こんなに気分が爽快なことは今までであっただろうかと景子は思った。小鳥が楽しそうに舞い、さえずっているのが聞こえる。その向こうに、点のような飛行機が飛んでいるのが見える。きれな雲をひきつれている。その飛行機は次第にこちら側に向かって飛んでいる。いや、飛行機じゃない、男がこちらに向かって飛んでくるのだ。そんなばかな。その男は伊藤だ。あの顔は紛れも無く伊藤の顔だ。手に血を滴らせたナイフを持って飛んでくる。逃げなくっちゃ。立ち上がろうともがけばもがくほどに、足がなにかにとらわれる。離して。離してと思った瞬間に目が覚めた。こんなところで眠ってはいけない、早くお風呂を出て、眠ってしまおうと景子は、バスタブから飛び出した。


sekkadesu at 12:03│Comments(0)TrackBack(0)

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