『Jodhaa Akbar』歴史絵巻の中のラブストーリーフジバカマは、秋の七草のひとつ

2010年10月18日

しんまい華道教授・雪華ちゃんの事件簿 その16

はい、こんにちは。     雪華ホーム

  

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いけばな教室を巡る、悲喜こもごもを会話形式のお話にして綴っていこうというカテゴリをつくりました。どれだけ続けられるかわかりませんが。

これは、フィクションであり、登場人物や環境も全て架空のものです。が、当たらずといえでも、遠からじの逸話もありますので、ご自由に想像してくださいませ。

いけばなをとりまく環境はずいぶん時代とともに変わっています。私は今二つのパターンで、誤解や間違ったイメージにとらわれているんではないかと感じています。私たち世代は、お嫁入り前にお茶やお花を習っているのが当たり前な時代のたぶん、最後の世代だと思います。それ以降生まれの方たちにとっては、まったく未知の世界であるという方がけっこう多いですね。いけばなに対する反応を耳にして、こちらも驚くことが多いですし、いけばなをやっていない方たちとの間のギャップをものすごく感じます。周知のものと勝手に解釈していて、説明することを怠っていたりすることもひとつの要因かと思います。それを少しでも身近なものにできたらいいなあと試みました。そしてもうひとつのパターンです。それは、結婚する前にちょっと嗜んでいたわ、という方々にとってです。いけばなの表現方法は、古典芸能の側面もありますので、こちらの基本的な概念は、そうは変わりません。が、自由な発想を元とする芸術的な面は、相当変化しているはずです。不易と流行はともに必要なことですから、時代とともに進化していくいけばなもまたすばらしいものです。ここを、かつてのものと、リセットしていただく必要があるように感じています。

それらの思いをこめて、楽しいお話にできればいいのですが、・・・小説家でもなんでもありませんから、拙いものになりますが、ぜひ読んでみてください。
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<十人十色>のつづき

 雪華ちゃんは、昼の部のお稽古を終えて、あわただしく夕ご飯用に作った親子どんぶりかきこんでいる。たけちゃんの分も、後は卵を解けばいいような状態にしておいて、冷蔵庫に保管した。具だくさんの味噌汁と、ひとつひとつ皮をむいたピンクグレープフルーツのはちみつ漬けのデザートも冷蔵庫で眠っている。なんでも、放り込んで隠してある。

 2LDKの社宅として借りているこのマンションは広くはないが、子供のいない夫婦にはそんなものかもしれない。最近のLDKは、けっこう広い。ここでも15畳ほどはある。ただし、これがもっかのところ、いけばな教室である。リビングテーブルに、延長用の簡易テーブルをつないだものが、教室の机だ。独立した部屋が欲しいなあというのが今の夢だ。教室の他には、床の間も欲しい。洋子さんのお宅のような立派な床の間は、一般の家庭では少ないだろう。ましてや、マンションなどでは、仮についていても、ミニチュアサイズなので、いけばなを置けるかどうか。それは、最初からわかっていたので、代わりに置き床を買った。木どうしだから、案外フローリングにも合うと雪華ちゃんは気に入っている。奥行きの問題は壁から前に出せばすむ。そこそこ、広いLDKとはいえ、そんな置き床やら、PCやら、机やら、本棚などもあるので、ぎりぎりといったところだ。

 食べ終わった食器をさっと洗い、片付ける。テーブルから台所はすぐに見渡せる。親子丼の匂いを何とか消そうと、換気扇をフル稼働して、窓を開ける。夕暮れになると、こんな暑い年でも秋らしくなるものだなあと、心地よい風に吹かれてみた。しばらくしてから、部屋の空気に舞戻る。鼻をひくひくさせてみるが、これはダメだとため息をついて、洗面所に置いてあるルームコロンをシュッシュッとふりかける。ちょっと、いい香りになったかもしれないと、気を良くして、昼間に少し花材などが散らかった床を雑巾でさっとふき取る。今日は何度掃除をすることになるだろうかと思う。でも、不思議とイヤな気はしない。

 生活の塊であるこの狭い空間に、生活臭まであっては目も当てられない。個人の先生宅の教室は、大きなカルチャーセンターとは、また違う良さがある。少人数ならではのきめの細かさを出せる。そうでなければ、雪華ちゃんと親先生との信頼関係も築けなかったと思っている。20人も30人も同じ時間にいるところでの先生と生徒の関係は、いけばなのテクニックを教える場、教わる場に徹底するしかないだろう。また、そんな中で目だって先生の覚えよろしい生徒になる自信も実力も無かっただろうと思うから。生徒さんはたくさんいたが、時間が少しづつずれていたから(仲のいい友達を待っていたりして)、いつも4人ほどだった。先生は、いけばなだけではなく、人生の先輩として、いろんな相談に乗ってもらえた。仕事を終えて、お稽古場に行くと会社でのイヤなことや失敗やらを忘れられて、リセットできる気がしたものだ。落ち込んでいても、『柳など、垂れ下がった枝でもね、その先端は上を向いているの。植物は明るい太陽を求めて起き上がる力がある』なんて言われると、元気が出る気がした。雪華ちゃんも自分の教室では、そうありたいと願っている。技術を得るだけではなくって、その時間そのものを楽しく、くつろいでもらえて、明日からまたがんばれる、そんな気持ちになる場所にしたいのだ。だけど、今雪華ちゃんにできることというと、掃除ぐらいなもんだなと思う。夕方になって、少しうっとおしい天気に変わってきたので、なんとか、雨にならないでほしいと思った。帰りに花包みをもって、傘をもってじゃあ、たいへんだから。

 先週のお稽古のあと、丸山さんは仙台駅前のショッピングアーケードで、ばったりと景子さんに会ったそうだ。景子さんは同じ職場の女友達らしき人と二人でお昼休憩に出たところだったようだ。それで長話はできなかったと言った。が、しっかりと景子さんが東京に行ったことを聞き出していて、またその内容はサミール君にも話したという。こういう話は翼が生えるものだ。丸山さんは、夜の部に来たいらしいのだが、ご主人の帰宅時間には家にいたいためにままならない。。仕事が遅くなるときには、夜に来るからそれまでは、事件の様子を景子さんからよーく聞いておくようにと釘をさすのだ。どうせ、景子さんに直接電話でもして尋ねるくせに、と雪華ちゃんは聞き流している。

 ドアのベルが鳴った。雪華ちゃんはインターフォンに飛びつきながら、まだ時間が早いけど、と思った。

「今晩ね、主人が急に飲み会に誘われたらしくって夕ご飯はいらないって言うのよ。だから、また来ちゃった」
と、丸山さんが早口にまくしたてて、入ってきた。

「すっごい、執念」
雪華ちゃんはあきれ顔で続ける。
「さっきは言わなかったんですが、智子さんの病院で仲良しだった明菜ちゃんが景子さんと待ち合わせするために、ここへ来られるんですよ」

「まあ!花より大事なことじゃない。なんで教えないの」

「うらやましがるだろうなって思ったものですから」

「へーへー、こりゃあ新情報があるわね。楽しみ、私お稽古の見学して待ってますから、よろしくー」

「お稽古の邪魔しないでくださいよ」

「失礼しちゃうわね。ナイスアシストしてるでしょう」

「かれんちゃんっていう、可愛い若い方が来られますから、怖がらせないでください」

「あら、増えたんだ」

 噂をしていると、淡いピンク色のスーツ姿のかれんちゃんが現れた。存在するだけで、部屋がパーッと明るくなる。

 今日の花材を渡しながら、菊に関する薀蓄をいくつか披露する。はいはい、まあ!って適当に驚いてくれたり、熱心に聴いてくれるので、饒舌になる。重陽の節句は他の節句に比べて知名度が低い。ハローウィンの方が近頃では親しみがあるぐらいだ。重陽の説明のために、陰と陽の話をしなくてはならない。陰陽という二つの面で世界が成り立っているという中国の思想、陰陽二元論が日本にやってきて、いろんな考え方に影響を与えた。いけばなにも当時流行していた考えが導入されたのだ。男は陽で、女は陰。現代感覚では、逆かもしれないが。太陽が陽で、月が陰。これは、そのまんま通用しそうだ。一枝、一葉、一輪の花の向きが太陽に向かって生育していく方向が陽であり、その反対側は陰だ。生ける型によっては、すごく厳格に陰陽を定めて生ける。陰陽は数字にも当てはめられる。奇数が陽で、偶数が陰だ。九という数字は一桁の数の最高に極まった数字ということで中国ではおめでたい数字なのだそうだ。だから、九月九日はその陽の数字が二つも重なった、さらにおめでたい日ということで、重陽の節句になった。そして、長老を敬う日となった。日にちは変わったが、日本の敬老の日につながったのだろう。祭日をやたら、土日月にこだわって三連休を作ると、日にちの重みがなくなってしまう。

 二十四節気という中国で作られた季節区分方が日本にも細々とではあるけれども残っている。その中に、五節句という季節の変わりめとしてお祝いをする日がある。人日(じんじつ)の節句が1月7日で、七草がゆの習慣が残っている。というか、復活したかもしれない。七草がパックにされて手軽にスーパーなどで手に入るようになった。上巳(じょうし)の節句が3月3日で、桃の節句とも言う。端午の節句が五月五日であり、菖蒲の節句だ。七夕の節句は、七月七日で、笹が象徴だ。それぞれ植物と深いつながりがあり、重陽の節句は、先の通り九月九日で、菊の節句とも言う。菊の花びらを酒に浮かべて、この日を祝うのはそのためだし、菊の香が体に良いことを昔から知っていたのだろう。発生は中国だが、日本人の心にも生活にもしっかりと根を下ろし、長い年月を経て独特な日本文化となったのだろう。昔は中国や朝鮮から学び、明治以降は欧米から学び、それぞれを日本風に変えながら独自なものを作るのが得意なんだろうね、とそんな話をかれんちゃんにしていると、

「昼の部にはそんな話、出なかったでーす」
と、すかさず丸山さんがつっこむ。

「言おうと思ってたんだけど、話が飛んでしまって申し訳なかったわ。来週話すから」
と、雪華ちゃんは、しまった!と頭をかく。だいたい、ひとつのことしかできない性質だ。

「知ってることもあるけどね。占いとかで。昼は年齢層が高いもん。でも、知らなったのもあるからコピーちょうだいね、よろしく」

「かれんちゃんはちゃーんと、メモをとってらっしゃるでしょう、ねえ」
と丸山さんに文句を言いたくなる。

「別に暗記しなくっちゃあいけないことでもないんだけど。そうするわ。お昼の部はね、賑やかなの。っていうか、こんな感じ。うるさいの」
と、かれんちゃんに向かって微笑む。今時こんな大人しい女子もいるんだなあと感心する。が、やっぱり、夜の部もみんなにコピーをすることにしようと思い直す。公平にしなきゃいけない。

 その時だ。
「きゃあああ」
と、かれんちゃんの悲鳴が上がる。そして、その声に驚いたのか意外なことに丸山さんまでが、

「きゃっ」
とドアのあたりまで後ろに下がっている。

かれんちゃんの花材の包みの中から虫か幼虫か名も知らぬ物体が蠢いた。雪華ちゃんは、近くのティッシュペーパーを二度ほど繰り出して掴み取り、その手で反射的に虫を包み込んで、ゴミ箱に捨てた。一瞬のことだった。

「こわくない、こわくない。植物と虫は仲間だからね」
とかれんちゃんに話し、向きをくるっと変えて。

「ちょっと、ちょっと、丸山さんって、ひょっとして怖がり???」
と、思いっきり強がりを言ったものの、雪華ちゃんだって背中に汗がびっしょりだ。きもちわる〜、ムニュッとした触感が手に残っているのだ。たけちゃんと二人の時間だったら、丸山さん以上に、ドアの外に飛び出しただろうなと苦笑いだ。虫さんには悪いが、雪華ちゃんにとってはかれんちゃんの味方なのだから。

「私、北海道だけど、札幌の町育ちなんだからね、失礼ね。センセ私も守ってね」

「イヤやわ」
と、三人で大騒ぎの教室がようやく静まった頃、今度は玄関先が賑やかである。

 景子さんと明菜ちゃんが連れ立って教室に向かっていると、サミール君とも出合ったらしく、三人が同時にやってきた。

「明菜ちゃんです。先生すみません。夜遅くなるのでここに来てもらった方がいいかと思ったもので。一緒に来ました」

「ご迷惑をおかけしてすみません。でも、いけばな教室ってちょっと見学してみたかったんです。よろしくお願いしまーす」
と、明菜ちゃんは、ペコリとお辞儀をした。

 サミール君は二人を先に通して、落ち着いた身のこなしだ。
「話には聞いてましたが、やっぱり女性ばかりで、恐縮します。あれ、丸山さん、いらっしゃったんですね」

「二回目、本日二回目」
と、雪華ちゃんはすかさず、いやがらせを言う。丸山さんは笑っている。

「いけばなはもともと男性しかやっていなかったものでね。江戸時代の末以降よ。女性がやるようになったのは。ただ、最近また、男性が増えているって聞きます。ここにはいないけどね、そのうち増えてほしいものだわ。だから、がんばってください」

 サミール君はいけばなの歴史にも詳しくて予習がバッチリと見える。物知りなのがイヤミじゃなくって、とても紳士的だし、早くも女性陣の人気の的となった。みんなとうまくやっていけそうだなっと、雪華ちゃんも胸をなでおろす。人が複数集まると、楽しいけれども揉め事が起こることもしばしばだ。肝心のいけばなのことではないところで、問題が出るのはなんとか避けたい。目立つからプレッシャーも大きくてたいへんだろうと思う。

「こんなに、日本語がうまいのにー。いまだに日本人って僕をジロジロ見ますよ、だから、慣れてるんです」
ハンサムだから、うらやましいのよ、ごめんね。って雪華ちゃんが謝る。
「インド人は日本人に憧れてるところがあるんだけど、それで日本に来ると、がっかりするインド人が多いらしい」
って。なんとなく、身に覚えのある発言だ。あんまり、親切にしないからだろうなあって申し訳なく思う。いえ、いえ私たちは違うよ、違うように接するからね、って日本を代表してるつもりで思ってみる。

 若いときは特に、同じ年の友達しかできない。こうゆうお稽古ごとをすることで、自分の母親ぐらいの年齢の方と接することができたり(また、うーんと年下だったり)、年齢を超えてわかちあうことや共感できる感情があることを知る機会がもてるのは、良いことだ。本来の稽古以外に学ぶことがたくさんあることを知るだろう。皮肉なことに花があっち向いてるとかこっちの葉はいらないとかっていうことよりも、それは生きていく上でかけがえの無いものであったりする。

 いけばなを通して、いろんな人の中で、自分の存在を確かめながら他人を尊重することを雪華ちゃんにしても、学んでいる最中だ。学校とは違うさまざまな年齢層の中でのつながりと、職場とは違う自由なつながりだ。

「福島からうちに泊まりに来たんです」
今日は夜通し、パジャマパーティとなるのだろう。智子さんの死で気落ちしていた景子さんに、明菜ちゃんという新しい友人ができた。きっと、本来人はたくましくできていると思う。

 全員が生け終わったあと、大急ぎで花を片付け、すぐに持ち帰れるように茎の端をそろえてゆわえる。新聞紙に包むがブーケじゃないので、花に風や物が当たらないようにできるだけくるんでしまう、その反対の茎の端は水につけておく。玄関から短い廊下の左右に、トイレとお風呂があり、寝室用の部屋と、今みんなが集まっているLDKがあるだけだ。花の片付けやら、トイレやら、洗面所やらに生徒さんの大移動が始まる。教室用のテーブルを元のリビングダイニング兼用のテーブルにもどすのだ。そして、お茶の時間が始まる。

「ボリウッド映画のDVD、持ってきました!超オススメなのを。日本語字幕のあるのは少ないんです」

「私も興味あります、先生のあとでまわしてくださいませんか?」
景子さんも興味深深の様子。

「もちろん、もちろん。あの、お道具のカタログを見てちょうだい」
と、お盆にのせたお茶をテーブルに運びながら、ばらばらに散らばった生徒さんを再び集める。

「私なにもしてないんですが、のどが渇きました、おいしいわ」
と明菜ちゃん。

「はさみや花包みなど、初心者用のものをピックアップしてますから、良かったら買ってください。インターネットでも通販でも、みなさん直接でいいわね。景子さんのは植木用バサミだし」

 かれんちゃんは初稽古で緊張したのか、お疲れ気味の様子であったので、これからは、実はある事件のお話になるけど、遅くなってもいいかな?と尋ねた。かれんちゃんは、来週は仲間に入れてくださいねと、言い残して愛想よく帰っていった。

「かれんちゃんって、私の若い頃にそっくり!」
という丸山さんの言葉に、他四人がそろって、

「はい、はい」
と声をそろえた。その声を合図に事件のおさらいに入った。さあ、名推理を見せてあげようじゃないの、と雪華ちゃんもエクストラの折りたたみイスをひいて、テーブルの輪に加わった。

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