2010年08月16日
しんまい華道教授・雪華ちゃんの事件簿 その10
*****
いけばな教室を巡る、悲喜こもごもを会話形式のお話にして綴っていこうというカテゴリをつくりました。どれだけ続けられるかわかりませんが。
これは、フィクションであり、登場人物や環境も全て架空のものです。が、当たらずといえでも、遠からじの逸話もありますので、ご自由に想像してくださいませ。
いけばなをとりまく環境はずいぶん時代とともに変わっています。私は今二つのパターンで、誤解や間違ったイメージにとらわれているんではないかと感じています。私たち世代は、お嫁入り前にお茶やお花を習っているのが当たり前な時代のたぶん、最後の世代だと思います。それ以降生まれの方たちにとっては、まったく未知の世界であるという方がけっこう多いですね。いけばなに対する反応を耳にして、こちらも驚くことが多いですし、いけばなをやっていない方たちとの間のギャップをものすごく感じます。周知のものと勝手に解釈していて、説明することを怠っていたりすることもひとつの要因かと思います。それを少しでも身近なものにできたらいいなあと試みました。そしてもうひとつのパターンです。それは、結婚する前にちょっと嗜んでいたわ、という方々にとってです。いけばなの表現方法は、古典芸能の側面もありますので、こちらの基本的な概念は、そうは変わりません。が、自由な発想を元とする芸術的な面は、相当変化しているはずです。不易と流行はともに必要なことですから、時代とともに進化していくいけばなもまたすばらしいものです。ここを、かつてのものと、リセットしていただく必要があるように感じています。
それらの思いをこめて、楽しいお話にできればいいのですが、・・・小説家でもなんでもありませんから、拙いものになりますが、ぜひ読んでみてください。
*****
<初稽古>の続き〜
サミール君と丸山さんが現れた。丸山さんが少し気後れしているサミール君を前に押し出して、二人がニッコリと戸口に立っている。サミール君は浅黒い精悍な顔立ち--丸山さんが言ってた通り--背は思っていたよりは高くない、170センチぐらいだろうか。丸山さんはいつもおしゃれだが、今日は特にそうかもしれない。目の覚めるようなブルーのブラウスに、ふわふわのスカート姿をしている。普段はジーンズが多いのに。
教室に入って、景子さんをお互いに紹介しあってから
「景子さんのは、出来上がっているんです、ちょっと見てください。きっちり並んでいて、几帳面な性格がよく出ていてますー素敵になりましたでしょう?、この花材ですから、参考にして始めましょう」
二人は覗き込んで、熱心に見ている。
「まあ、涼しげでいいこと。雪華ちゃん……雪華センセ、この方初めてだとは思えないわー」
って、感心しきりである。
「僕のイメージのいけばなとは、随分違って、新鮮です」
「まあ!完璧な日本語。完璧なコメント、ほっとしました」
みんなで、大笑いをした。景子さんには新しく入ってきた二人の生徒さんの様子を見学していてもらった。他人のを観察するのは、とてもためになる。
全員が生け終わった後、それぞれの作品をリビングのテーブルから見えるように置いてもらって、感想やら意見などを雪華ちゃんが聞いている。生徒さんどうしで盛り上がっていそうなので、お茶の支度をして、テーブルに運んだ。
「今日はお抹茶にしました。適当なさじ加減ですが」
「わーうれしい!まさか、お抹茶をいただけるとは思ってなかったですー」
と、景子さん。サミール君ともすぐに仲良くなっている気配だ。
「先生、例の事件の話をしていいですか?」
「え、ええ、もちろん。気にはなってるけれども、こちらから聞いていいものかどうかと思ってたから」
景子さんは、バックから小さめのノートを取り出した。今日までに収集した情報をとても正確にみんなにわかりやすく説明してみせたのだ。雪華ちゃんは、景子さんの聡明さと細かい観察力に驚いた。
「僕もミステリーは、大好きなんですよ」
「私は、二時間もののサスペンスなら得意」
と丸山さんも身を乗り出す。
景子さんは、一通り説明を終えるとみんなによく見えるように、空いた頁を開いて
「ここで、まとめますね。まず、一番怪しいのは婚約者の<伊藤さん>、そして、良好な関係ではなかった、先輩看護師の<みどりさん>、それから、不良の弟<務さん>、ストーカーと言われている<尾形さん>。まさかとは思いますが、親友の<明菜ちゃん>、などが関係者です」
「その薬っていうのは、あの、事件があったものだわねー流産させるために使おうとしたもので、本人を殺害するためのものでは無かったんでしょう?」
と、丸山さん。
「そうですよね。どちらを目的にしたものかで、絞られるんですが」
景子さんは手帳の頁をめくりながら答える。心臓に疾患があったのを知っているのは、明菜ちゃんぐらいではなかったかと。
「そもそも、薬をうまく多量に飲ませることって、どうやるんでしょう?味とかバレないですか?」
難しそうに眉を寄せるサミール君。
「砕いて、粉末にするのよ。それでもって、香辛料の効いたカレーなんかに入れるのが一番ね」
「ほんと、ですか?丸山さん!すぐ、カレーの話にもっていくんですよ」
しばらく、様子を眺めていた雪華ちゃんだが、ふざけた話になってきたところで、
「これって、雪の降り積もった日の離れの一室で起こる密室殺人でしょ」
「今、季節は何ですか?」
「じゃあA駅で降りて、19時27分発の特別臨時特急に乗り換えて先回りしB駅でアリバイを作ることができるっていう、あれ」
「あれ!じゃない」
「サミール君、うちのたけちゃん以上の突っ込みだわ。気に入ったわあ。ははは」
景子さんもきゃっきゃと笑った。笑ってくれると、安心できる。そして景子さんの話題が変わった。
「パーシヴァル・ワイルドのインクエストっていう古いミステリーが好きなんです」
「『検死裁判』とか『検死審問』だとかで訳されていますね」
「その中の登場人物の描き方が見事で、引き込まれるんです。今私、見事って言いましたか?。ボキャブラリー不足で。ミセス・ベネットっていう重要な人物がいて、まあ立派な批評家からすれば三文小説家という意見が多いんでしょうが、世間では皮肉なことに大ベストセラーになって巨万の富を得るんです。編集者の批判的な人が憎憎しげに、形容詞は『みごと』と『雄大』と『すばらしい』しか、ないんだって言い張るんです。おっかしくって。本の冒頭の人物もリアリティあるんですよ」
「僕も知ってますよ。その編集者が原稿を読み進んでいくと、序盤は支離滅裂で、中間を飛ばして読んだところ、終盤はますますひどい出来なんだって」
「落語みたいだわ」
と丸山さん。「ちょっと読んでみたくなった」
「僕も落語大好き。舞台が江戸時代の設定のがいいなあ」
「それって、テレビや映画の時代劇の影響でしょ。私の得意分野に入ってきたわ」
「私の場合わね、ミセス・ベネットって、ジェイン・オースティンの『プライドと偏見』を思い起こさせる名前なのよ。今、はまってるの。ちょっと、茶化されてるんじゃないかしらん、って深読みしてしまうわ」「「オースティンって、殺人事件は起こらないけど、愛はミステリーだわって感じさせるのよね。人生が実は劇的に変わる瞬間だから。たくさんの人間が一同に会して語り合う場面なんかは、クリスティ女史も、きっとオースティンファンだったのじゃないかしらと思わせるから。ユーモアのセンスや皮肉だったりのやりとりでね。英国的っていうことなのかな?」
映画や本の話になると、とまらなくなる雪華ちゃんだ。
「先生、映画お好きなんですね。インド映画の新作も、オースティン原作の『エマ』なんですよ」
「へー。ボリウッドっていうんでしょう?全く知らないけど」
「そうです。名作のDVDを今度持って来ますよ。面白いから。ぜひ見てください」
「楽しみだわー世界が広がるかんじ。丸山さん、いい方を紹介していただいて、ほんと感謝です」
「インドには相続税が無いんですよね?父が言ってました」
「そうです。世界で日本は一番高いんじゃないでしょうか?」
「ゴッシュさんって、苗字は航空会社のオール・インディアと関係があります?」
「はい」
「景子さんは、旅行代理店にお勤めだから、さすがね」
「……サミール君マハラジャだったりして〜」
と、雪華ちゃんの妄想は広がるが、まだ景子さんの豪邸やお金持ちぶりはなど知る由もない。
「名前って言えば、ここの容疑者リストの名前はどれもぱっとしませんね」
「景子さんて、私立探偵ができそうよ。それに、刑事さんとお知り合い?」
「いえいえ、そんな。でも、ここまできたら真相を知りたいんです。調べれば調べるほど、謎が深まるんです」
突然、景子のケータイが鳴る。
「ごめんなさい。急展開があるかもしれないから、お稽古中なのにマナーモードにしてなくって」
バックを指差して、出て、出てっと、ジェスチャーでうながす雪華ちゃん。
「中田さんですね。はい。はい。弟の務さんが仲間と例の薬を盗んだことがわかったんですね!」
と、聞こえるように繰り返す。電話を切ってから、
「ニュースを見て、金儲けができるって思っただけで、姉ちゃんの死とは関係ない、って言ってるそうです、それと、それと衝撃なのは、伊藤さんが自分が殺したと自供しているそうです!」
「えー!」
「ミステリーはジ・エンドですか」
「どーだか」
しばらく重い沈黙となった。雪華ちゃんは、何か話さなきゃと思った。
「松本清張の小説だと、ここから時間も場所も遡っていくのよ、延々と。伊藤さんの実家は東京なのよね?」
「そうです、葛西」
「あっいやっ、これはとんだ失言、遠いしね」
「ここは、様子を探りたいところよねー」
と丸山さんもそそのかす。
「私、行ってみます」
景子さんはきっぱりと答えた。
道具の片付けをしてもらいながら、雪華ちゃんは先生の顔にもどる。
「切り落とした花材も残った花材も忘れずに持って帰ってください。バケツに入ってますよ」
新聞紙が、花をくるむのにちょうどいい柔らかさだ。種類別にくるめば痛みにくい。それに今は、みずみずシートという花を長持ちさせる特殊加工したビニール袋もある。
「ちっちゃい、アレンジメントだったら、そのまんま持ち帰って、テーブルにポンで済むんだけどね」
と丸山さんが面倒くさそうな顔をしている。
「もう一回、家で生けなおしてくださいね。それがいい復習になりますもの。また、別バージョンを試してもいいしね。説教臭いけど、合理性とは真逆のめんどうさや一手間かけることが、本物の証!」
「なるほど〜楽することがゆとりじゃないわね。楽することで失うものを考える時代になったんだわ、センセ」
「でも、ほんとうに楽しかったです。いけばなのイメージが変わりました」
「景子さん、もっともっと、楽しくなるように私もがんばります」
「僕もまた、来週が楽しみになりました。どんな花かな?って。それから、事件がどうなったかも……」
と景子さんをちらっと見た。
みんなが帰ったあと、雪華ちゃんは教室で使った花器や剣山を洗って、机の隅に置いて乾かす。バケツに残った、花材の切れ端を捨てたり、水を捨てて、バケツを洗う。机やイスをかたづけ、最後に掃除をする。後半はいけばなの話は全くできなかったが、初日としては、まあまあだったかなと反省したりする。珍しいことだ。いけばなの歴史を少しづつまとめたノートを作っているので、お稽古の最後にそれを取り入れようかと思った。
久々の心地よい疲れと充実感を味わっている。親先生や仲間や、今日集まってくれた生徒さん一人ひとりのおかげだと思った。楽しいだけじゃなくって、どんどん上達してもらえるように、励まなくっちゃと力が湧き上がる絶好調の雪華ちゃんだ。
いけばな教室を巡る、悲喜こもごもを会話形式のお話にして綴っていこうというカテゴリをつくりました。どれだけ続けられるかわかりませんが。
これは、フィクションであり、登場人物や環境も全て架空のものです。が、当たらずといえでも、遠からじの逸話もありますので、ご自由に想像してくださいませ。
いけばなをとりまく環境はずいぶん時代とともに変わっています。私は今二つのパターンで、誤解や間違ったイメージにとらわれているんではないかと感じています。私たち世代は、お嫁入り前にお茶やお花を習っているのが当たり前な時代のたぶん、最後の世代だと思います。それ以降生まれの方たちにとっては、まったく未知の世界であるという方がけっこう多いですね。いけばなに対する反応を耳にして、こちらも驚くことが多いですし、いけばなをやっていない方たちとの間のギャップをものすごく感じます。周知のものと勝手に解釈していて、説明することを怠っていたりすることもひとつの要因かと思います。それを少しでも身近なものにできたらいいなあと試みました。そしてもうひとつのパターンです。それは、結婚する前にちょっと嗜んでいたわ、という方々にとってです。いけばなの表現方法は、古典芸能の側面もありますので、こちらの基本的な概念は、そうは変わりません。が、自由な発想を元とする芸術的な面は、相当変化しているはずです。不易と流行はともに必要なことですから、時代とともに進化していくいけばなもまたすばらしいものです。ここを、かつてのものと、リセットしていただく必要があるように感じています。
それらの思いをこめて、楽しいお話にできればいいのですが、・・・小説家でもなんでもありませんから、拙いものになりますが、ぜひ読んでみてください。
*****
<初稽古>の続き〜
サミール君と丸山さんが現れた。丸山さんが少し気後れしているサミール君を前に押し出して、二人がニッコリと戸口に立っている。サミール君は浅黒い精悍な顔立ち--丸山さんが言ってた通り--背は思っていたよりは高くない、170センチぐらいだろうか。丸山さんはいつもおしゃれだが、今日は特にそうかもしれない。目の覚めるようなブルーのブラウスに、ふわふわのスカート姿をしている。普段はジーンズが多いのに。
教室に入って、景子さんをお互いに紹介しあってから
「景子さんのは、出来上がっているんです、ちょっと見てください。きっちり並んでいて、几帳面な性格がよく出ていてますー素敵になりましたでしょう?、この花材ですから、参考にして始めましょう」
二人は覗き込んで、熱心に見ている。
「まあ、涼しげでいいこと。雪華ちゃん……雪華センセ、この方初めてだとは思えないわー」
って、感心しきりである。
「僕のイメージのいけばなとは、随分違って、新鮮です」
「まあ!完璧な日本語。完璧なコメント、ほっとしました」
みんなで、大笑いをした。景子さんには新しく入ってきた二人の生徒さんの様子を見学していてもらった。他人のを観察するのは、とてもためになる。
全員が生け終わった後、それぞれの作品をリビングのテーブルから見えるように置いてもらって、感想やら意見などを雪華ちゃんが聞いている。生徒さんどうしで盛り上がっていそうなので、お茶の支度をして、テーブルに運んだ。
「今日はお抹茶にしました。適当なさじ加減ですが」
「わーうれしい!まさか、お抹茶をいただけるとは思ってなかったですー」
と、景子さん。サミール君ともすぐに仲良くなっている気配だ。
「先生、例の事件の話をしていいですか?」
「え、ええ、もちろん。気にはなってるけれども、こちらから聞いていいものかどうかと思ってたから」
景子さんは、バックから小さめのノートを取り出した。今日までに収集した情報をとても正確にみんなにわかりやすく説明してみせたのだ。雪華ちゃんは、景子さんの聡明さと細かい観察力に驚いた。
「僕もミステリーは、大好きなんですよ」
「私は、二時間もののサスペンスなら得意」
と丸山さんも身を乗り出す。
景子さんは、一通り説明を終えるとみんなによく見えるように、空いた頁を開いて
「ここで、まとめますね。まず、一番怪しいのは婚約者の<伊藤さん>、そして、良好な関係ではなかった、先輩看護師の<みどりさん>、それから、不良の弟<務さん>、ストーカーと言われている<尾形さん>。まさかとは思いますが、親友の<明菜ちゃん>、などが関係者です」
「その薬っていうのは、あの、事件があったものだわねー流産させるために使おうとしたもので、本人を殺害するためのものでは無かったんでしょう?」
と、丸山さん。
「そうですよね。どちらを目的にしたものかで、絞られるんですが」
景子さんは手帳の頁をめくりながら答える。心臓に疾患があったのを知っているのは、明菜ちゃんぐらいではなかったかと。
「そもそも、薬をうまく多量に飲ませることって、どうやるんでしょう?味とかバレないですか?」
難しそうに眉を寄せるサミール君。
「砕いて、粉末にするのよ。それでもって、香辛料の効いたカレーなんかに入れるのが一番ね」
「ほんと、ですか?丸山さん!すぐ、カレーの話にもっていくんですよ」
しばらく、様子を眺めていた雪華ちゃんだが、ふざけた話になってきたところで、
「これって、雪の降り積もった日の離れの一室で起こる密室殺人でしょ」
「今、季節は何ですか?」
「じゃあA駅で降りて、19時27分発の特別臨時特急に乗り換えて先回りしB駅でアリバイを作ることができるっていう、あれ」
「あれ!じゃない」
「サミール君、うちのたけちゃん以上の突っ込みだわ。気に入ったわあ。ははは」
景子さんもきゃっきゃと笑った。笑ってくれると、安心できる。そして景子さんの話題が変わった。
「パーシヴァル・ワイルドのインクエストっていう古いミステリーが好きなんです」
「『検死裁判』とか『検死審問』だとかで訳されていますね」
「その中の登場人物の描き方が見事で、引き込まれるんです。今私、見事って言いましたか?。ボキャブラリー不足で。ミセス・ベネットっていう重要な人物がいて、まあ立派な批評家からすれば三文小説家という意見が多いんでしょうが、世間では皮肉なことに大ベストセラーになって巨万の富を得るんです。編集者の批判的な人が憎憎しげに、形容詞は『みごと』と『雄大』と『すばらしい』しか、ないんだって言い張るんです。おっかしくって。本の冒頭の人物もリアリティあるんですよ」
「僕も知ってますよ。その編集者が原稿を読み進んでいくと、序盤は支離滅裂で、中間を飛ばして読んだところ、終盤はますますひどい出来なんだって」
「落語みたいだわ」
と丸山さん。「ちょっと読んでみたくなった」
「僕も落語大好き。舞台が江戸時代の設定のがいいなあ」
「それって、テレビや映画の時代劇の影響でしょ。私の得意分野に入ってきたわ」
「私の場合わね、ミセス・ベネットって、ジェイン・オースティンの『プライドと偏見』を思い起こさせる名前なのよ。今、はまってるの。ちょっと、茶化されてるんじゃないかしらん、って深読みしてしまうわ」「「オースティンって、殺人事件は起こらないけど、愛はミステリーだわって感じさせるのよね。人生が実は劇的に変わる瞬間だから。たくさんの人間が一同に会して語り合う場面なんかは、クリスティ女史も、きっとオースティンファンだったのじゃないかしらと思わせるから。ユーモアのセンスや皮肉だったりのやりとりでね。英国的っていうことなのかな?」
映画や本の話になると、とまらなくなる雪華ちゃんだ。
「先生、映画お好きなんですね。インド映画の新作も、オースティン原作の『エマ』なんですよ」
「へー。ボリウッドっていうんでしょう?全く知らないけど」
「そうです。名作のDVDを今度持って来ますよ。面白いから。ぜひ見てください」
「楽しみだわー世界が広がるかんじ。丸山さん、いい方を紹介していただいて、ほんと感謝です」
「インドには相続税が無いんですよね?父が言ってました」
「そうです。世界で日本は一番高いんじゃないでしょうか?」
「ゴッシュさんって、苗字は航空会社のオール・インディアと関係があります?」
「はい」
「景子さんは、旅行代理店にお勤めだから、さすがね」
「……サミール君マハラジャだったりして〜」
と、雪華ちゃんの妄想は広がるが、まだ景子さんの豪邸やお金持ちぶりはなど知る由もない。
「名前って言えば、ここの容疑者リストの名前はどれもぱっとしませんね」
「景子さんて、私立探偵ができそうよ。それに、刑事さんとお知り合い?」
「いえいえ、そんな。でも、ここまできたら真相を知りたいんです。調べれば調べるほど、謎が深まるんです」
突然、景子のケータイが鳴る。
「ごめんなさい。急展開があるかもしれないから、お稽古中なのにマナーモードにしてなくって」
バックを指差して、出て、出てっと、ジェスチャーでうながす雪華ちゃん。
「中田さんですね。はい。はい。弟の務さんが仲間と例の薬を盗んだことがわかったんですね!」
と、聞こえるように繰り返す。電話を切ってから、
「ニュースを見て、金儲けができるって思っただけで、姉ちゃんの死とは関係ない、って言ってるそうです、それと、それと衝撃なのは、伊藤さんが自分が殺したと自供しているそうです!」
「えー!」
「ミステリーはジ・エンドですか」
「どーだか」
しばらく重い沈黙となった。雪華ちゃんは、何か話さなきゃと思った。
「松本清張の小説だと、ここから時間も場所も遡っていくのよ、延々と。伊藤さんの実家は東京なのよね?」
「そうです、葛西」
「あっいやっ、これはとんだ失言、遠いしね」
「ここは、様子を探りたいところよねー」
と丸山さんもそそのかす。
「私、行ってみます」
景子さんはきっぱりと答えた。
道具の片付けをしてもらいながら、雪華ちゃんは先生の顔にもどる。
「切り落とした花材も残った花材も忘れずに持って帰ってください。バケツに入ってますよ」
新聞紙が、花をくるむのにちょうどいい柔らかさだ。種類別にくるめば痛みにくい。それに今は、みずみずシートという花を長持ちさせる特殊加工したビニール袋もある。
「ちっちゃい、アレンジメントだったら、そのまんま持ち帰って、テーブルにポンで済むんだけどね」
と丸山さんが面倒くさそうな顔をしている。
「もう一回、家で生けなおしてくださいね。それがいい復習になりますもの。また、別バージョンを試してもいいしね。説教臭いけど、合理性とは真逆のめんどうさや一手間かけることが、本物の証!」
「なるほど〜楽することがゆとりじゃないわね。楽することで失うものを考える時代になったんだわ、センセ」
「でも、ほんとうに楽しかったです。いけばなのイメージが変わりました」
「景子さん、もっともっと、楽しくなるように私もがんばります」
「僕もまた、来週が楽しみになりました。どんな花かな?って。それから、事件がどうなったかも……」
と景子さんをちらっと見た。
みんなが帰ったあと、雪華ちゃんは教室で使った花器や剣山を洗って、机の隅に置いて乾かす。バケツに残った、花材の切れ端を捨てたり、水を捨てて、バケツを洗う。机やイスをかたづけ、最後に掃除をする。後半はいけばなの話は全くできなかったが、初日としては、まあまあだったかなと反省したりする。珍しいことだ。いけばなの歴史を少しづつまとめたノートを作っているので、お稽古の最後にそれを取り入れようかと思った。
久々の心地よい疲れと充実感を味わっている。親先生や仲間や、今日集まってくれた生徒さん一人ひとりのおかげだと思った。楽しいだけじゃなくって、どんどん上達してもらえるように、励まなくっちゃと力が湧き上がる絶好調の雪華ちゃんだ。
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