てっせんの「ありのままの姿」を信じましょ。ブログ、調子悪くって、困ります。

2006年06月30日

ユーモアとペーソスから迫る芭蕉像NO.36

fdbab321.jpg   初時雨猿も古蓑を欲しげなり
 (元禄二年、四十六歳。冷たさ一入の初時雨に蓑笠を着けて山道を行くと、しとどに時雨にぬれた猿が、俺も小蓑を欲しいよと言いたげに、道端で寒そうに震えている。)
 ほそ道行脚後、伊勢・伊賀間の途中の吟であり、『猿蓑』の巻頭句として取りあげられている。猿への共感というペーソスとユーモアを交響させた俳諧的新境地が多くの門人を驚嘆させた問題作としてたいへん有名な句である。
   
   木のもとに汁も膾(なます)も桜かな
・・・
 

 (元禄三年、四十七歳。屋敷の庭に筵(むしろ)を広げ、花盛りの桜の下で酒盛りもたけなわの席に、落下粉々として降りかかり、汁も膾も、何もかも花まみれになってしまいそう。)
 芭蕉自ら「軽み」の句と評した作品であると土芳が『三冊子』に記している。桜の花びらを現実的な視点でながめていて、思わず吹き出しそうになる。
 芭蕉は生涯に一冊の俳論書も著わさなかった。そこで、弟子達に宛てた書簡(「軽み」の論にかんするものは、元禄五年から没年の七月までの間に七通みられる)と、芭蕉が残したとされる言葉を杉風が記した文面から推測するしかない。その文面は、元禄七年五月、最後の近畿行脚に旅立つまえに、志深い者があれば申し聞かせよといって杉風に言い残した言葉であり、杉風から甲州谷村藩の家老、高山麋塒に伝達されたというものだ。「とかく直なるように」「軽くやすらかに、不断の言葉ばかりにて」「古事来歴致すべからず」「不断の所に昔より言い残したる情山々あり」「句は軽くても意味深きところ」「総じて江戸中、上方ともに十年先の寅の年(貞享三年)の俳諧の替り目のところにとどまり罷りあり候。その時よりは悪しく御座候」等の言説がある。貞享三年を唯美主義的な風潮への転換期とみて、それ以来世上の俳風は停滞し、かえって悪くしていると指摘している。

   月見する座に美しき顔もなし
 (元禄三年、四十七歳。皎々と輝く名月に見惚れて、ふと我に帰り、一座の人々を見回すと美しい顔は一つもなくどの顔もみな平凡に見えて、現実に引き戻される。)
 意味するところは、説明の必要性が全くない。名月から想像される様々な幻想美、過去の文芸作品の情景を多く重ね合わせることができる人ほど、さらに現実とのギャップが大きくなるということを、前提としているのだろう。

   梅若菜丸子の宿のとろろ汁
 (元禄四年、四十八歳。東海道の旅の道々には梅が咲き、若菜も青々と萌えて、丸子の宿では名物のとろろ汁が食べられることであろう。)
 早春の景物を軽妙なリズムに乗せて、これから楽しい旅になるよという、乙州送別歌仙の時の発句である。

   依軸蕕篆譴Δ憧藹个港襪侶
 (元禄六年、五十歳。暑い夏の夕暮。晩酌のほろ酔い機嫌に浮かれて暗い穴から首を出す仕草で小窓からひょいと顔を出すと、垣根の夕顔がほの白く咲き出ている。)
 芭蕉庵での即興らしく、おかしみの中に寂しみもある。夕顔も芭蕉もその仕草が面白く思わず惹き込まれるが、夕顔の花も一輪だけだったろうなと思われる。

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